何丘ブログ「今から何が可能か」中間反省会

自分について知る

おいおい何丘のやつ、「こんなオレに今から何が可能か?ブログとかか?」とか言って約ひと月前ブログを始めたが、今どんなとこまで来てやがるんだ。

つうわけで、自分でブログの歩みを点検してみたい。

この記事はまた、このブログをたまさか訪れた人にとっては、ブログ全体の一種のガイドブックというかフロアマップみたいなものになるだろう。

ブログ今どうなってる

2020年7/13現在、記事数は15。
6/20の開設以来、33人がサイトを訪れた。

6月末~7月頭にかけては、結構がんばって記事を上げていた。
でも先週は丸々サボった。終わっている。

第一の記事「何丘は……もう終わりか?」

最初の記事「何丘は……もう終わりか?」は6月20日公開。

自己紹介でありマニフェストだ。何丘(私)がいかに終わっているかを語っている。

何丘は今年33になるが職歴がない。妻子がいるが仕事をしていない。友達がゼロ人である。……等々。

そんな私にも「今から何が可能か?」みたいな自己挑発的なタイトルのブログの運営を通じてなにがしか読者を得たり人気を博したりして広告収入か何かもらっちゃって、それ自体が仕事になる、そして多少ゆたかな生活ができ、義父母や昔の仲間(さぞかし今えらくなっているんだろう)に顔が立ち、何より自ら自身を愛せるようになるのではないか。その日私は「何丘」などという仮面を破り捨て、どうどう本名と本顔(本顔?)を掲げて日のもとに恥じない、そしてタケマシュランみたいに美食を楽しむ……。

そんなことを6/20記してからこっち、私の自己肯定感は1ミリも高まっていない。

「今から何が可能か」千度目虚空に問うている。

先週は丸一週間ブログをサボった。「今日も何もしなかった」と夕陽につぶやいた。

深さがない。広さがない。誠心がない。愛がない。

……みたいな内容の当ブログ一発目「何丘は……もう終わりか?」を読むことを私は決してお勧めしない。

第二の記事「珍名辞典」

何丘ブログ第二の記事「珍名辞典」6月21日公開。

これまた下らない。私が思いついた珍なる人名のコレクションだ。

私には大喜利のセンスというものがない。
ていうか基本的に私はユーモアのセンスがない。
平たくいって何丘は面白くない。人を笑わせられない。

でも私にも「面白い」と思うツボはある。

たとえば アアアッア・アッアア さんという人が小説か何かに出てきたら「面白い!この名前を考えた奴は天才だ!」と思う。私は思う。

そんな、私が面白いと思う人名を集めた。それがこの記事「珍名辞典」だ。

(珍名は今8種だが今後追加していく)

第三の記事「TOEIC 問題集」

6月21日公開記事「TOEIC 問題集」は7月13日現在、訪問者0人である。
あなたが一人目の読者になれる。チャンスだ急げ。

あなたの感想はおおかた次のA、Bのうちどちらか。

【A】くだらない
【B】意味がわからない

「TOEIC 問題集」とはいうが、別にTOEICでなくても構わない。英語の試験でこんな設問あったら面白いな(私には面白いのだ、人類の99%には面白くなくても)と思って書いたまでだ。

第四の記事「散歩(6/27)」

6月27日付け記事「散歩(6/27)」。まんま、その日の散歩の報告。

何丘はここ1年ほどウクライナのオデッサに住んでいる。(ウクライナどこやねん、オデッサどこやねんということも、この記事に書いてある)

仕事のない友達もいない、ろくな趣味もない何丘は、日に1時間くらい散歩する。
当然だが、散歩コースには、日本とは異なった風情・光景が展開している。

それを写真入りで紹介したらウケるんじゃないかと思ったが、読者は皆無。

ある外国のある街の、何でもないある日の散歩で、ある何でもない終わってる男がその目に見たものは。
……みたいなことに興味がある人(どういう人?)は「散歩(6/27)」をどぞ。

第五の記事「липа(リーパ)ってどんな樹?」

なんだこらデケエ写真だな。これ(↑)がそのリーパって植物なんですが。

何丘ブログ第五の記事「липа(リーパ)ってどんな樹?」、6/28公開。

ロシア語圏に住んでそこそこ長いので(通算で6年ほど)、ロシア語では言えるが日本語で何て言うか知らないものがチョイチョイある。

終わってる何丘が「今からでも何かは可能なのではないか?」と自問したときに、思った回答のひとつが、自分の生きるこの世界についてよりよく知るということだった。

そこで、何かすごい曖昧にリーパリーパと呼んでいるこの植物についてちょっと詳しくなってみることにした。結果がこれだ。

この種のことは今後も続けたい。続けねばならぬ。

第六の記事「【ロシア語の歌】Песенка о капитане(船長さんの歌)」

6月28日公開の記事「【ロシア語の歌】Песенка о капитане(船長さんの歌)」

ロシア語の歌の紹介、歌詞対訳だ。

これは何丘がこのブログでやりたかったことの一つ。
ロシアの歌とかアニメとかはクオリティが高い割に、あまりに知られていなすぎる。

何丘はオワッテル人間ではあるが、人が知らない(知らなくてもいい)ことを知っていて、人ができない(できなくて不都合ない)ことをできる。できるんだよ、この何丘は。ナニオカココニアリ!

つうわけで、ロシア産コンテンツの翻訳・紹介。これは今後も続ける。どこか大手レコード会社とかテレビ局とか出版社とか私を見出してくれ。

※何丘の翻訳は我流もいいとこで、プロ筋の人が見たら眉を顰めるようなものだ。一方で、そんぢょの半可通には及びもつかないレベルにはある。

第七の記事「ロシアの憲法改正(2020年)について」

「ロシアの憲法改正(2020年)について」、6月29日公開。

7月1日にロシアで憲法改正の是非を問う国民投票が控えていた。そういうタイミングでコメルサントに取っつきやすいまとめ記事が見つかったので、抄訳・紹介した。

「おそロシア」みたいな陳腐な惹句まで使って楽しく読みやすく分かりやすくまとめた積りなのだが全然読まれなかった。今日の時点で訪問者2人ですか。つまりは敗北つうことですよ。吾輩がこの記事に費やした時間はムダだった。時事ネタだもの、話題がホットなうちに読まれなきゃダメ。屑。無価値。

後日談として、結局、憲法は改正されました。

どのように改正されたの? どのへんが「おそロシア」なの? と興味を持たれた方は、今からでも遅くない、読んで下せえ。「ロシアの憲法改正(2020年)について」

第八の記事「ロシア人には日本語が難しい」

6月29日公開の記事「ロシア人には日本語が難しい」

なんでサムネが星野源? いや、色々ありまして。詳しくは中読んで。

何丘の妻はロシア人なのだが、日本語について時々あまりに基本的すぎてちょっと回答に窮するような質問をぶつけてくる。
それに対し一介の母語話者が懸命に回答を試みる……というシリーズの第一弾。

なるほど何丘は、知的にも感性的にも道徳的にも堕落し、終わっています。でもそんな何丘も、この日本語という言語に関してだけは、その真随をきちんと体得できているのではないか?

眠れる身体知「日本語」のエクササイズ。

たとえば「が」と「は」の使い分けなど、別に虎の巻をひもとかなくても、きちんと説明できるのではないか。
と思ってがんばってみた結果がこれ→「ロシア人には日本語が難しい」

(あなたは説明できますか? 辞書・参考書持ち込み不可ですよ?)

第九の記事「удод(ウドード)ってどんな鳥?」

「удод(ウドード)ってどんな鳥?」、6月29日公開。
(てか6月末、俺めっちゃ頑張って更新してる……)

これは先の「липа(リーパ)ってどんな樹?」と同様、自分を取り巻く世界をよりよく知ることで失われた自己と世界霊・宇宙樹との絆を回復する試み。

だって人間が終っているとはその人間の魂と大千世界の監督神が互いを顧みなくなっている状態に他ならんヤン。

と、こういうナンセンスのような何のような言い回しが本当に「寒い」、こういうことを面白いと思って気持ちよく書き連ねてしまえる何丘はまことに「終わっている」ということなのだろう。

このように終わっている人間が、人間性の回復に向かって小さな一歩を踏み出したいと願ったときに、やはり「身の回りの動植物について知ってみる」ということ思い立つもののようだ。

てなわけでチョイチョイその姿を見る удод(ウドード)という鳥がどんな鳥なのかを調べてみたのがこの記事だ。

第十の記事「タケマシュランに憧れて」

この「タケマシュランに憧れて」という記事は6月30日に公開した。わりと読まれている。タケマシュラン自身にも届いていると思いたい。

タケマシュランというのは人気グルメブロガーで、年千回くらい外食したり、恵比寿のロブションでラ・トゥール飲んだりして憧れる。

でも、そのようなことは、私のような終わっている人間にも、今からギリ可能なのではないか?

今から私が朝倉未来に・上原ひろみに・藤井聡太になることは不可能だ。それに比べれば、タケマシュラン的グルメ生活を送ることは、まぁまぁ可能に思えるが?

タケマシュランは文章がうまい。
まるで私のようにうまい。
てかやっぱりあれは、私が書いているのではないか?
あんな文章うまくて専業物書きじゃないやつ他にいるか?
合体前の太公望と王天君なのではないか、私とタケマシュランは?

という具合に、タケマシュランは私の可能/不可能の境界上の存在である。可能かも知れない、私がタケマシュランになることは。でも多分無理。でももしかしたら可能。「限りなく不可能に近い可能」。伸縮する私の「可能」イメージが、時々タケマシュランの高みに触れる。触れたり触れなかったりする。だから痒い。タケマシュランの存在が私には痒い。つまりかぶれているのである。

みたいな話を「タケマシュランに憧れて」ではあまりしていない。

第十一の記事「何丘、ラップ楽曲制作への道yo」

「何丘、ラップ楽曲制作への道yo」、6/30公開。

今から岸田繁に・ファレルウィリアムスに・ビヨンセになることは不可能だ。
でも、ラップならできるんじゃないか?

「今から何が可能か……」ブツブツ呟きながら歩いてたら「プリンセス/不親切」というライム(韻)が思いついたので、さっそくラップをしてみることにした。

その際、先輩諸氏から一応ラップのいろはを学んでおこうということで、呂布カルマ・鎮座DOPENESS・THA BLUE HERBの諸氏のライムを分析してみた。

で最後には自らラップをしております。そういう記事です、「何丘、ラップ楽曲制作への道yo」は。

第十二の記事「【ロシア語の歌】Бременские музыканты(ブレーメンの音楽隊)」

「【ロシア語の歌】Бременские музыканты(ブレーメンの音楽隊)」、7/1公開。

ロシア語の歌の翻訳・紹介の第二段。
ソ連アニメ「ブレーメンの音楽隊」の主題歌。

この歌はロシア人なら皆知ってる。歌ひとつ知ってロシア人と仲良くるならコレ。
歌詞を覚えなくても「Yeah, yeah ,yeah」のとこだけタイミングよく合いの手入れらたらそれでよい。

でも歌詞だいたい何のこと歌っているか知っておくのも悪くない。だから読めこの記事。
てかアニメ自体なかなか悪くないものだ。鑑賞ガイドも付している。だから読めこの記事、読め読め。

第十三の記事「ロシア人には日本語が難しい vol.2:書き順」

「ロシア人には日本語が難しい vol.2:書き順」、7/4公開。

ロシア人妻からの日本語に関する疑問に答える、という体裁で、終わっている何丘が自分の最後の持ち物である日本語を見つめ直すシリーズの第二段。

カタカナの「ヒ」て、ちゃんと書けます? みたいな話をしています。

第十四の記事「ロシア人には日本語が難しい vol.3:時制」

「ロシア人には日本語が難しい vol.3:時制」、7/5公開。

裸一貫素寒貧の何丘が、残された唯一の武器である母語=日本語の地力を鍛えるシリーズの第三段。

この回は「分からないときは人に聞きました」「分からなかったときは人に聞きました」の使い分けは? というテーマなのだが、
あまりうまく答えられなかった気がする。国語学者はこの千倍スマートに答えるだろう。

でも聞くが、同じく日本語を母語とするあなたよ、あなたならどう回答するんだ? 私よりうまく答えられんのか?
(辞書なんか引くんじゃねえぞ?)

第十五の記事「【ロシアの旅番組】オモテかウラか:グレートバリアリーフ」

「【ロシアの旅番組】オモテかウラか:グレートバリアリーフ」、7/13公開。

ロシアの人気旅行番組を紹介してみた。
この回はオーストラリアのグレートバリアリーフを旅している。

コロナで海外旅行ができないから、こういうコンテンツに需要があるんじゃないか。
こういう記事を作れば、「ロシア」みたいなニッチなテーマじゃなく、

たとえば「オーストラリア」とか「グレートバリアリーフ」とかで検索する人も、何丘ブログを見つけてくれて、見てくれて、実にたくさんの人が見てくれて、その分何丘に広告料が入ると。

そのためにこういうこともやってみるべきなんじゃないか? 折角ロシア語ができて、99%の日本人にはアクセス不可能な、ロシア語のTV番組とかを見れて理解できる身ならば?

「今から何が可能か?」何しろ合言葉はそれ。なんでもやってみろ。

ブログのレイアウト等

つうわけで現時点で存在してる全15記事を振り返ってみたが。

レイアウトに関しては全く手つかずのままである。
(ちな、Word Press の Cocoon というテーマを使ってる)

変えてかなきゃなんねんだろな、とは思う。
でも不得手なことなんで、正直手に負えない。頭が回らない。

しゃらくせえ。当面、これで走る。

SNSどうなってる

Twitter やってんだけどよ。→ https://twitter.com/home

もともと好きじゃねえんだよ。SNS なんか下らねえ、自分の生活について他人に知ってほしいとか、同好の士とつながりたいとか、そんなん1ミリもない。

ただブログに人を呼び込むためにTwitter やってる。ブログの教本みたいなサイト見ると大体Twitter やれって書いてあるから。

2020年7月14日現在、フォロワーは2人。

正直、何すればいいのか分かっていない。

ブログに記事を公開したときツイートするのと、
あと、ウクライナの僻村に暮らしているので、「#田舎暮らし」とかいって、たとえば次のようなツイートをする。

このツイートに3人からハートボタンが押された。
正直、下らねえ。こんなもんの何が面白い?

田舎暮らしが好きか?お前ら? こちとら別に好き好んでウクライナの僻村に暮らしてるわけじゃねえんだけどよ。妻(ロシア人、実家がオデッサ)の里帰り出産&子育てに付き合って、2~3年のつもりで移住してるだけなんだ。

結局、写真なのか? いい感じの写真とか撮って投下すれば好きな人はイイネしてくれて、よっぽど好きだったらフォローしてくれるのか。
写真なんか下らねえと思ってっけどよ。もともと写真なんか撮らねえんだよ。

仕方ねえ、続けるけどよ。

他サイトどうなってる

おっ、キミ、詳しいねえ。もしかして何丘のファンかい?

おっしゃる通り、何丘はもう一つサイトを運営してるんだよ。洋楽の歌詞の和訳紹介のサイトで「うたと言葉。」てえんだけどよ。

おおかた、このサイトは閉鎖になりそうだよ。

先日 JASRAC からクレームがあってさ。

<【重要】JASRACから音楽の著作権手続きについて> のご案内

インターネット上で当協会が管理する楽曲(以下「管理楽曲」といいます。)の歌詞や音楽ファイル(動画を含む)を掲載する場合には、事前に当協会の許諾を得ていただく必要があります。

あなたのウェブサイト
サイト名:うたと言葉。
サイトトップURL: https://utatokotoba.com/

では現在、許諾を得ずに管理楽曲を利用されておりますので、本メール受信後5日以内に
(1) 管理楽曲の利用を開始された時から現在までの利用期間分のご清算
(2) 今後の利用許諾手続
のため、J-TAKT(https://j-takt.jasrac.or.jp)より、ご申請くださるようご案内
いたします。

これに対し以下の返答をなした。

外国曲の翻訳を無許諾で行っている、とのご指摘について、下記、お問合せさせていただきたく存じます。

Googleで「洋楽 和訳」などと調べると、私のように外国曲を翻訳・紹介しているサイトが出てきますが、
そのうち、開設から数年が経過し、多数の記事を掲載しながら、JASRAC許諾のクレジットがないサイトが少なからず存在しております。

(注:二三例を挙げているが、ここでは割愛)

そこで第一の質問なのですが、
⑴ これらのサイトが問題ないなら、弊サイトも問題ないのではないでしょうか?

続けて、

私自身の理解は、これらは著作権法第32条1項の「引用」にあたる行為であるため問題がない、というものです。

そこで第二の質問ですが、
⑵ 弊サイトで行われていることは「引用」なのではないでしょうか?

さらに、

一般に、引用行為には下記の要件があるようです。
 a 引用部分が公表された著作物であること
 b 引用部分と自己の著作物の区分が明瞭であること
 c 自己の著作物が「主」であり、引用部分が「従」であること
 d 「引用の目的上正当な範囲内」であること
 e 出所を明示すること
 f 改変など、引用部分の著作者人格権を侵害しないこと  
https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/chosakuken/index/inyou/ 等を参照)

このうち疑義があるとすればcとdかな、と思っております。
c については、今回のご指摘とは無関係に、ちょうど「主従関係」がより明確になるような改修を行っていたところでした。
(改修済みの記事の一例:https://utatokotoba.com/last-christmas
d については、 弊サイトは 「歌詞を味わう」「翻訳で遊ぶ」「英語のお勉強」を趣旨としており(プロフィール欄に明記しています)、その目的にとって必要かつ十分な範囲で他者の著作物を引用している、という認識です。

以上を踏まえてお聞きしたいのですが、
⑶ 弊サイトが「引用」の要件を満たしていないとすれば、それはどの点においてでしょうか。

んで最後に、

なお、許諾を得るということは、JASRACに相当額の使用料を支払うことだと理解しており、
非商用で運営しております現状、その場合はサイトの継続は難しいかなと思っております。

正直に申し上げて、私のサイトにおける外国語の歌詞の翻訳・紹介が原著作者に何等かの損失(機会損失含め)をもたらしているとは、私には考えにくく、
法規の形式的な適用によって、一部の人に(もしかしたら)有益であり、私自身楽しく行っていた、一種の表現活動が閉鎖されるとしたら、残念なことに思います。

……と、まぁこんなふうに書き送ってみた。

無理だとは思うよ。法規は形式的に適用されるものだろうとは思うよ。
だが納得いかないというのは本心だ。

自分のサイトの存在によって、原楽曲への興味・関心・アクセスが、むしろ喚起されると思うんだがなぁ。
そして、粗品だけど、自分がやっていることもまた”表現”だと思うんだけど。んで、お堅い筋からの横槍入れで、ひとつの”表現”活動が、現実に委縮しているよ。
(更新は止まって久しい)

ま、終わってる何丘の言うことだから。

サイト外での活動(YouTube?)

今から何が可能か。「ブログでもやるか?お前文章書くの好きだろが。ブログで飯食ってる奴もいる。”ブロガー”だ」

それでブログを始めてみたが、他に何が可能か。

・・ユーチューブとか?

今やるならブログじゃなくユーチューブだろ?ブロガーなんか流行らねえぞ?誰も文字なんか読みたくねえんだ。動画を見たいんだよ。同じ内容言ってんなら文字読まねえで動画見るよ。何丘だってそうだろ?

・・ユーチューブ始めてみるか?

むろん抵抗はある。何丘は世間様にお見せできるような顔面ではない。それに私はひどい訥弁である。「どーもこんちゃっ!」なんつって皆さんの私的時間に割り込んでいけない。気も小さい。素顔をさらしてなーのかーの喋ったのに対しごうごう非難を受けたらすぐシュンとして「チャンネルやめましたぁ……」なんてことになる。

・・ユーチューブ、やっぱよそうか?

でもウクライナの僻村に住んでいるという地の利、「位置エネルギー」を活かせば、まぁ興味がなくもないコンテンツを作れるのではないか?とも思っちまっているのだ。

・・

さぁ、そんなこんなで、7/13に書き始めたこの記事をやっと今日7/17に公開するのである。……終わっている。

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