10月

矢先だが、次ここに何か書くのは早くて26日夕であろう

11月3日! アーレ・メンシェン、その日までなんとか生き延びよう  シャンパーンスコエ チンチーン

10月23日

メジカは問うた、「いい一年でしたか?」 俺は回答に窮した いい一年だっただろうか すぐに思い浮かんだのはウクライナのことであった この一年に何人死んだか 消された灯、欠けた外壁 長く生きないことを約束された子供 いい一年とは (シャンパーンスコエ、チンチーン)

メジカは問うた、「今日はもう帰るだけですか」 本当はあなたとしばしとどまりたいのだ だが今日もう帰るだけなのは本当なので そうですと答えて、ドライヤーだけで済ませてもらった、4900円払って退店した メジカは雌鹿、Hawk-eyed-doe(鷲の目の雌鹿)こと北海道の人だといった、ちょうど最近「動物のお医者さん」を連コミで借りて読んだので、古い漫画ですがご存じですかと聞いてみてもよかった、

メジカは言うのだ、もう10月、あと2か月で今年も終わりですよやばくないですか、「いい一年でしたか?」 私は返答に窮したが、「会話を楽しむ。」という言葉もあるではないか 「会話? それを楽しむ。」という言葉も それで、何とか返事して会話を続けねばと思って(その逡巡のかんにウクライナの雑多なイメージが脳裏をよぎった)、年初に、と私は言った。年初に、今年はこれをするぞと、書き出したものがあるのだけれど、たぶんその3分の1も実行していないし、書いて以来その書いたものを見返してもいない。

だがひとつ覚えているのは、何年も、なんとなく、会わないままで過ぎ越した、この人とこの人、こいつとこいつに、会うぞ、今年は、今年こそ会うぞ。と会うべき人をリストアップした、けれど全然会っていない。

メジカは言った。しばらく会わない人には連絡をつけるだけでも勇気というか気合が要りますよね。そう言われて私はまた返答に窮す。およそ何を言われても返答に窮すか返答に窮したふりをしないでは済まされず、たまに窮さずにズラズラ立て板に水でしゃべるとき私のしゃべることは常に下らない。いま返答に窮したのは、胸に(俺のこのBカップの胸に)手を当てて、あの会わない連中にしばらくぶりに連絡をつけるのに俺は果たして勇気を使うだろうかと考えると、いやそんなこともないという感じもする 無沙汰が即ち不義理であるような方面(大学の恩師とか)には敷居の高さも感じるが、同輩以下、また親類(従妹連)とかであれば、勇気も気合も不要、さくっと連絡してしまえる気がする、(にもかかわらず、多年にわたり、連絡をしないできた。そろそろ連絡のひとつも、と思いながら)

「連絡する、を目標にしてもいいかもですね」メジカは言った。なるほど、それはある。もう今年もあと2か月だから、会う(いちいち会っていく)となったら大変だ、日もないことだし、目標を下方修正して、ひとまずは連絡をつけておいて、次いつか会う機会へと繋げる。「連絡もらったらうれしいだろうし、やって損することはないというか、プラスのことでしかないですよね」 俺から連絡などもろて嬉しいだろうかとはちら思う。だが一般的には確かにはい。

というわけで、0時になった。10月24日になった。今から24時間以内に、ざっと10人ほどに連絡をしてみる

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