25日(いま、何考えてんのか)
5年目に入った
キエフの気候は低位安定に入った 派手に寒くはない このまま冬を抜けるであろう(願わくば) こうなると露も暖房インフラ破壊のインセンティブがない ぼろぼろで、ひとまずはこの冬を出ていく

昨日キエフ近郊出身の人とめし食ったが一つ残らずだ今年は文字通り一つ残らず壊された(電力施設)と語るのを聞いていられなかった、私はその話題から逃げた
①募金
募金を呼び掛けるのが何となくいやになった。また、それが正しいこととも思えなくなった。何を言わなくてもする人はするし、何を言ってもしない人はしない。また、パイを広げる努力をしない自分が、少数の固定ファンにしつこく拠出を依願する構図を、醜く感じた。
②朝日
沈黙の朝日が23日から(4周年を前にして)にわかにウクライナに紙幅を割きだした。第一に、遅い。第二に力ない。第三に、意外な角度いいね。インフォグラフィックもなかなか。もう掲載の目はないので「声」欄に寄せた拙稿をここに引いておく。1/27投稿したもの↓
私たちはウクライナの話題に大概慣れっこになってしまったと思う。飽き、辟易している向きも多かろうと思う。だが、覚醒すべきときというのはある。それはさすがにひどすぎないか?と正しく憤るべきときが。首都キーウで未曾有の電力危機。極寒のなか、百万単位の市民が光熱を奪われ、暗闇のなか凍えている。まず九日の攻撃で集合住宅六千棟(全戸の半数という)が暖房喪失。その後、昼夜兼行の復旧作業で大多数が通電するも、二十日の攻撃でまた六千棟近くが暖房喪失。その後、また懸命な復旧作業が行われるも、二十四日の攻撃でまた振り出しに戻る。このかん首都には零下十五度の寒波が居座っている。キーウ市長は市民に対し、市外への避難を呼び掛け。一国の首都で市民に退避勧告とは、耳を疑うような話。極限的状況である。
電力施設への攻撃は開戦以来冬ごとに行われている。露軍は寒波の到来に時節を合わせて攻撃を激化させたと見るのが自然だ。戦争の話題に慣れ、飽き、露に宥和的な心理が生じていないかを胸に問いたい。あわせて、ウクライナの人たちの越冬支援の可能性を、いま一度考えたい。
2/10投稿したもの↓
妻がウクライナ人であり故地になおその家族が暮らし私が露語を解する関係で現地の報道をつぶさに追っている。かの国はひどい状況である。露の絶え間ない攻撃で電力網は瀕死。零下二十度の極寒のなか昼夜を分かたぬ復旧作業も直すはたからまた破壊され到底追いつかず、一月半ばには首都退避勧告、同月末には全土停電、二月上旬今季最強寒波に合わせて首都に年初来最大規模の攻撃、今も全土で一日十数時間に及ぶ停電が続く。どれも初耳、という方も多かろう。朝日はこの状況をろくに報じていない。露の電力網破壊は毎冬行われているが、規模も被害も最悪な今冬こそ取り上げないということは、朝日は黙許を決め込んだのか。
ウの公人やメディアが露についてまま使う語にбезнаказанность(無罰性)というのがある。侵略・破壊・殺人という明白な悪事に関わらず露もプーチンも罰せられない、どころか侵略の褒美を受け取りそうな情勢である。誰も見ていないところでこそ悪事は行いやすい。朝日に苦言。露について「戦争と文化は別」式の記事に割く紙幅があるなら、まずは伝えるべきことを伝えよ。また読者諸賢に請う。ウの惨状に目を向けてほしい。私の義父がオデーサの自宅で使っている発電機は九万円で買えた、それがあれば少なくとも一つの家庭が極寒でも凍えない。
後者で言及されている「戦争と文化は別」式の記事とはこれのことであった↓

前後編でこんな記事が載った(↑は2/11付の後編)。朝日の編集部は何を考えているのだろうと訝しんだ。なるほど年明けからヴェネズエラだグリーンランドだ、次いで電撃解散と衆院選、また五輪。ウクライナの惨状を伝えるにはいかにも紙幅が足りなかった。だが少なくともこのような記事を載せる余裕はあったわけだ。極寒のキエフで100万市民が震えていることよりも、戦争は戦争だけどロシア文化はやっぱり素晴らしいよねということの方を読者に伝えるべきだと考えたわけだ。あっぱれな見識です。解約の電話をかけた。今月いっぱいで購読を終える。
③ブログ
ブログから当面離れる。私はかつてツイッターをやっていた。オデッサ住んでた時分に結構それに淫した。全く下らぬことに手を染めたと思っている。あれは見えを捏造して高得点を競うゲーム、ゲームと割り切っていれば別だが、誠実さがあればあるだけ魂をすり減らす。マスクのSNSとなってからはそれをやることはもちろんただ見ることさえ罪深いと思うようになった。
それよりはだいぶましだがブログも同様に有害である。ブログという、この、不特定(少数)他人に向けて言葉を書くという場があることで、自分の考えること、思うこと、感じること、の幾分かが、そちらに吸い寄せられて、どういうのか、徴税されて、手元に残らない。
④知己
周年に際し知己(ウクライナが私の極大のconcernであることを知っている人)からお久しぶりです相変わらずやっていますね日本では報道がとみに少なくなりました、一日も早く戦争が終わりますようにとのメッセージが来るのだが、ひとつにも返事しなかった。しらじらしい言葉だ。意味のない言葉だ。また、つい先日、N先生のもとへ参ったが、そこでも戦争の話は一切しなかった。
誰とも、何も、話したくない。話せるような事柄ではない。
昨年12月26日に油井亀美也宇宙飛行士がISSから撮った映像(タイムラプス)。4分すぎ、キエフ上空を通過時に、東から飛来するミサイルが見える。防空システムの発動と一連の爆発。暗い暗いウクライナと、明るい明るいモスクワ。嘔吐。嘔吐。嘔吐。
15日
戦争記事のday3は、一日なんかかかしており、夜にニュースわーっと見て更新しようと思ってたところ、その夜に諸事情でネット繋がらなくなり、断念して、翌朝早起きしてやった。day3としてカウントすることを容してほしい。(ちなみにこの分量で作業時間2時間ほど)
選挙の困難性ということで思い出したのだが、去る8日に日本で国政選挙がありましたやんか、あの日東京では大雪が降った。そのことウクライナのTVでも報道されたそうだ。義父が朝起きてTVをつけたら「きょう東京では珍しい大雪が降っていておりしも今日は議会選の投票日です」みたいな。「だからウクライナも無理を押して選挙やれ!」ということでは決してなく。
ちなみに、みそか近くに、多摩動物公園で狼が逃げるという事件があったのご存知/ご記憶の方いますか。あの話もウクライナのニュースだねになったそうだ。わりと日本の話が好きだね。遠い世界の超文明国という一般認知だと思う、その超文明と自然災害(大雪だったり、狼害だったり)というのが取り合わせとして面白いのだと思う。
ちなみに、その日、その多摩動物公園に、私ら一家はまさにいた。動物園の中でなく、外(園の向いのHUGHUGという屋内遊興施設)だったが。Rを寝かせるために途中退場して外歩いてたらなんか動物園のほうでわーわーゆっていて、係の人に聞いたら「狼が逃げました」。急遽閉園となり、退場していく人たちに、TVがマイクを向けていた。上空ではヘリが飛びかっていた。おもしろきこと。だがLにそれ言うと怖がりそうだったので(繊細)、遊び終わってモノレール乗って帰途に就くまで話さなかった。話したら大興奮した。でその日のTV電話交信で義父にそのこと話そうとしたら義父はもう知っていて二度びっくり、という次第。
12日
もう一周する。
発想貧困の男が、持ち札を、もう一回ずつ出して回る。①募金した。先に12月、UNHCRに9万円募金していた。今度は敬愛する露人による露語メディアMeduzaのウ越冬支援プログラムに50ユーロ(≒9000円)。私を懐に余裕のある人間と思わないでほしい。働く大人は腹が減るby中井貴一、だが私の出勤時の昼飯は前の晩に近所のローソンで買った50%オフのお握り2つ、計300円程度である。②朝日「声」欄に二度目投書した。前回1月下旬に投稿したがもう採用への希望をなくした。今度はその後のもろもろあって、朝日への怒りも込めて、強めに書いた。③ブログ上の戦争記事1週間連続更新チャリティマラソン、果たせるか。私にとって大事なことは2人の子供のことである。4月から一年生のLと、同じく4月から保育園に入るR。起きている間はこのふたりにとにかく向き合う。寝てからはふたりの成長の記録をつけたい。私の心の力と言葉の力はこの2つの事業に注がれる。あとは賃労働と家事と妻への顧慮と労働力再生産で余剰の時間はない。どれかを削ってブログを更新する。
7日
スウェーデン美術展というのかなぁ上野でそれを見た。ボリ、バリというので、何かなぁと思ったら、BorgとかBergをそう読むのだ。行ったことがない。大して行きたいと思ったこともなかった。でも行きたいと思うようになったよ。湖水や群島。夕まだき朝ぼらけの青い光。

いいな(美しいな、かっこいいな、面白いな)、の他に、①この絵が自分ちに飾ってあったらどうだろう②この絵の中に入っていったらどうだろう③この絵に触発されて自分の現実の生が賦活また励起するということがあるか? この3軸で測っていた。こせこせした観者もいたもの。何も考えないでぼーっと感興に堪えていることこそ好ましい。
みなも凝視。ここに活路を見出す。またくれろおらに3時間を! 次(あれば)のそれには、おらはいけべへ出よう、なんでもよいどこでもよい十分量の水のあるところへ行って、みなもを凝視しよう。

6日
目が覚めた瞬間
ビキニの男性が
汗ばんで かじかんだ指先を
噛んでくれた
これを「カーテンを開いて静かな木漏れ日の優しさに包まれたなら」のメロディでうたう。指先を、の字余り部分は限りなく優しく、少しくディレイをかけて、カ行の子音を強調しながら。「噛んでくれた」の入りのKの音も無声にて、限りなく優しく。「汗ばんで」は、「はにかんで」としても可。
というわけで、こんばんは。2月の佐藤と間違われた、屈辱の2月の鈴木です。何丘。
赤汁が出たのが昨晩。ボルシ(チ)というやつ。1歳のRにこれを食べさせようとしたが赤いものは酸っぱいものと思っている、顔を背けて食べない。2月。
子供が、夜ご飯という言葉を、保育園から持って帰ってきたので、その言葉は違う、うちでは晩に食べるご飯は晩ご飯という、夜ご飯という人があるのも知ってるが、うちではそのようには言わない。といって、正した。だが、山田美妙の日記には、夜ご飯という言葉が使われているらしい。2月。
カーテンを開いて
静かな木漏れ日の……
なにも楽しくないので、言葉で遊ぶことにしたのだ。LEGOが好きだった。今でも多分好きだ、あれば遊ぶ。だがないので、言葉で遊ぶ。露語でLEGOやそれに類するものをConstructorと呼ぶ。組み立て遊び。言葉だけが残った、中原中也じゃないが、俺は玩具で遊ぶぞだ、大岡昇平写字機械奴、
2月。
少し酒を飲んだ、本当はもっと飲みたい、コンビニに買いに出たいが、子供を残しても行かれない 子供を連れても行かれない 酔い心地にも満たない ただ頭が少し鈍くなっている 和酒の小瓶、300ml Thought@Work←この言葉すき
インターネットのオンラインで、ウェブ買い物サービスというのかな、イーコマース? オンライン楽天イーコマースですか、妻がそれで赤かぶを買って、それを溶かして赤汁を作る、月に1度そのような魔儀を、昨日ちょうどそいうことがあって、Lはもとより赤汁大好物である。私にとっても懐かしい料理だ、母をおもいだす。Rにもこれを食べさせようとした。だが赤いものはすべからく酸いと思っているRは、顔を背けて食べようとしない。誤用は楽しいね。それで私は、では、Rちゃんは、食卓から降りてください。食べないものは、椅子をうしなう、食卓の掟だよ。そういってRを赤ちゃん椅子から降ろした。したらR泣く。ぴぃぴい泣いてすがってくる。おなかが減っていることは減っているのだ。だが赤いものは食べたくないのだ。「せめて一口でも食べたら!」「まえに食べたことあるよ。そのときおいしいおいしい言って(るげに)食べてたよ」だが赤いものはそれがサフールでもチンパネーゼでも絶対に食べたくはない。2月。
