Twitter日記(11/21)

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11/15~21のTwitter活動を振り返る。

自分tweet

一件バズったtweetがあった。

今日の時点でリツイートが800件、いいね2000件。

ナボコフとワクチンウォッカに次いでTwitter人生で3度目のバズり。基本的に感覚は変わらない。バズなど下らない、不愉快なだけだ。いいねの数が幸福に直結するといった先々週の言に反して、2000件(アベレージの200倍)のいいねがゴミにしか見えない。降り積もった虻の死骸が二千体。たぶん実相は、単純に、数が大きすぎて計器に盛れないのだ。スカウターの故障。だが「スカウターが壊れるからバズるのは嫌い」というのも妙な話だ。

わざわざ確かめないでもわかることだが皆さんはもちろんトルストイなど読んだことがなく、いわんやここで名前の挙がっている作品については何のイメージもない。ただ「ロシア文学=重厚長大なもの」というイメージだけでこれを極刑か何かのように見て面白がっている。むろん私のこの肖像写真チョイスがそれを助長している。要は私は狙いを達したたわけだ。ロシアネタのバズりのレシピがわかりましたね。要は暗黒あるいは理解不能というステレオタイプに媚びればいいのよ。

なんとなくだが、誰に言われたことでもないのだが、曲りなりにもそれを専門に学んだものとしては、ロシア文学の普及に努……もとい資することは、一つの責務みたいに感じている。その意味で、私のこのtweetには功罪ある。私はトルストイとその作品の名を売った。でもその売り方が、「悪名」として売ってしまった。とはいえ売り上げを立てたことは立てたのだ。曲学阿世の徒? それを言われると辛い。

なんか読書づいている。下らんtweetがバズったのである程度ちゃんとした人であるということを示したくなった。本を読む人ではありたい。だがこんなもの一日中読んでいられるほどに暇な奴という見方をするとまた情けない気持ちになる。私は自分の年齢を肯定できない。中身の成熟が数(私の年齢を示す数)の増大にまるで伴っていない。こういう自己不肯定の状態がもう何年続いているか。だがこれでこのどうせ的外れなのだろう読書というおこないが「数」に追いつこうとする試みではあるのだ。泣いてくれ同情の涙を。

ロシア語のこどものうたдет.песни100曲紹介するやつ、相変わらずやってる。11/15~21の週は㊲多数性讃歌㊳港にて㊴汽車のうた㊵シンデレラの歌㊶オオカミはイヌ㊷雀の海㊸友達が一緒なら㊹りゃりゃりゃ・じゅじゅじゅの7曲を挙げた。

いいねの数でいうと全然人気がないのだが、ちらほら聞いては貰ってみるみたいだし、ときどき誰かがコメントくれたりする。この企画へのいいねは「応援してるよ」「聞いたよ」「よかったよ」「良さそう」「これ好き」の意味にとっている。トルストイがバズって新規フォロワーが一度に50人くらい増えたので、企画の趣旨説明も一度挟んだ。

社会調査。ウクライナ国内情報を求めて私をフォローしてくれてる玄人筋(具体的に、あの人とあの人とあの人)のために、こういうことは一応怠らずtweetしておく。「いいね」の数ではない。(その念頭に置いてる人がいいねをくれないのは徒労感がなくもないが、やらない選択肢はない)

今日の海こんな感じという平常のtweet。こういうtweetに16件もいいねがついて、しかも誰かがコメントしてくれたりする。これが私の身の丈にあった幸せだ。

タイムラインの拾いもの

「いいね」の履歴を振り返ってみると、どうやらあんまりタイムラインを見ていなかったらしい。新刊本の案内くらいしかここに展示しておきたいものがない。

↑白水社の新刊『ロシア語の余白の余白』黒田龍之助。まー読むことはないだろうが。自分に必要なのは余白ではなくむしろみっちり書かれた本文なので。

↑未知谷の新刊『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』奈倉有里。この奈倉有里という人を知らない(何も読んだことない)ので何とも言えない。いい人だったら416頁のガッツリ分量でブロークの「本格的評伝」が読めるのは嬉しい。まずは何か読んでみてどのくらいやる人なのか知りたい。

↑同じ人(奈倉有里氏)の訳書。そんなぽんぽん本が出るものだろうか。気鋭のロシア文学者・翻訳者ということか。てか死ぬほど忙しいだろう。沼野夫人の書評を読んでみたが食指動かず。

↑文芸雑誌で確変が起きている。今世界で一番楽しみにしている現代思想のドストエフスキー特集号はもとより、ユリイカ来年1月臨時増刊号でヴィトゲンシュタイン特集、また現代思想12月号が大森荘蔵特集。このあたりを強化すべきときだろうか。わりと何をどういう順番で読めば(再読含め)よいか道筋は見当ついている。

↑水声社のドストエフスキー本。義理でいうと買うべきであり読むべきなのだが全然食指が動かない。「ドストエフスキーは常に新しい」は本当だろうか。そこを正面から疑ってくれる現代思想と、それを所与の前提にトリヴィアルな専門研究を並べている水声社本。すみませんが目次の印象はこうです。後者は、執筆陣の半ばを親しく知っていればこその予断だが、専門でもない老大家諸氏の比較研究論文集。表紙のペローフ起用のお座なり感といい、どうしても期待が持てない。だいたい生誕〇〇年記念刊行物がなんでその年の終わりに出るんだよ。前もって進めておいて前半ないし半ばに出してくれよ。出版社のアリバイ作りに見えてしょうがない。

↑「欧州での旅行クオリティを上げるための教科書」まさにそうだと思う。在住者ならQOL、旅行者ならQOT。建築の知識はたしかにそれを爆上げしてくれる。私も西欧に住んでたら絶対ほしかったが、今の生活には要らないな。また旅行行けるようになったら、こういうので勉強したい。

以上。本の話ばっか。

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