6日
状況については何をかいわんやである 露がキエフを猛打している 露は2週間に一度の割でキエフに大規模攻撃をしかけている 直近だと6/2→6/15→7/2 このうち7/2は一晩で31人民間人が死亡した この周期でいくと次は7月の半ばくらいだろうかと思ったら 本日6日未明またしても大規模攻撃 続々と死者の報 いま時点で13人(これ書いてるうちに14人)
露の大規模攻撃はミサイル数十発とドローン数百機のコンビネーションである とりわけ脅威となっているのはミサイルのうち弾道ミサイルと呼ばれるもの(ロケットで宇宙空間に打ち上げて重力で落とす、超音速で落ちてくる)で、これを防ぐ手段がウクライナにはほぼない 唯一防げるのは米国のPatriot、だがPatriot用の弾はほぼ枯渇している 7/2の攻撃では露が使用した24発の弾道ミサイルのうち4のみ撃墜(16.7%) 今朝の攻撃では29発のうち1発も撃墜できていない 露が弾道弾を撃てばほぼ素通りという状況である ウ側の諜報情報によれば、露はいま月に100発の弾道弾を安定的に生産できる
ウクライナはウクライナで露のエネルギー施設とりわけ製油所をドローンで撃ち続けている 昨日だかはペテルブルクが燃えた ウの攻撃によっても露の民間人に死傷者が出ている、とここで私がいうのはかえってフェアではない 第一に、破壊と殺戮の規模があまりに違う 第二に、ウクライナの攻撃は戦争を終わらせるためのそれである、いわんや露は
露とて五体満足ではない 未曽有のガソリン危機 ガソリンスタンドに蜿蜒長蛇の車列 戦争は遠くにありて思うものであった露深部諸都市とりわけモスクワも、ついに市民レベルで戦争がわがことに ウとしては、露社会のこの危機を、どこまで持続させ、あわよくば深めることができるか 打撃の手を休めてはならない ニュースサイト開くたびそこにあれかしと願うのは 黒煙、露本土からの 露のガソリン需要は夏の終わりにピークを迎える 9月には下院選がある
自分がウクライナによる露本土空襲を肯定する理由はシンプルである ウが露に戦争で「勝つ」というシナリオは修辞的幻想(現実には起こりえないこと)に過ぎない 敗北と引き換えに人類を七回滅ぼす核を持つ国に戦争に「勝つ」とは?米国だろうとNATOだろうとだ 露の戦争を止められるのは露のみである だがP政権はそれをしない 露の民衆にはそれができない では望みはひとつ 宮廷革命、それのみ Pに対する民の不満が宮廷で受注(受肉)される Pという血栓が除かれる 圧力が高まれば高まるほどその期待が高まる
だが空襲学の教えるところ、空襲はふつう、市民社会に対し、自国(被空襲国)政府への不信・不満・非難をかきたてるよりは、むしろ空襲者への憎悪を亢進させる (とMeduzaのクズネツォフ)
また(これもMeduzaのなんかのPodcastで言ってたが)、ウは露のあぶらを燃やし、露はウの電力網を破壊する、そのさいの正当化は、その油が/電力が交戦国の戦争マシーンの動力になっているからそれを断つのだ、というものだが、通常、油も電気も、軍は優先供給を受けるので、まず苦しむのは市民、一にも二にも市民、当の軍の活動に支障が出るのは最後の最後である、ということだ
だが、これらの説をきいたあとでも、自分の、ウの露本土空襲にかける期待は変わらない 露のあぶらはいよよ燃え、ガソリンはいよよ払底し、市民は地上移動手段を奪われたばかりか、空の便も失う、露の空をもう民間航空はほとんど飛べなくなり、ドモジェドもヴォヴヌコヴォもシェレメチエヴォも開店休業に追い込まれるべきだ 市民社会の困窮 これが極まった先に、量の質への転換、すなわち、白刃 黄金宮の深紅の緞帳のむこう、一本の銀ナイフによって、人民意思の代執行が成就する
そんな人任せな幻想、妄想によだれを垂らしつつ 自分は何もしない
私はーー読者のほぼ全員と異なり、私は、戦争が終わったら(このすべては、終わるのだろう? それが始まることなどだれも信じられなかったこと(戦争)が、いま、それが終わることが夢物語のようにしか思われない)ウクライナに確実に行く そこに妻の家族があり、いや、こういおう、そこに私の父がいるからだ 私の父がいるウクライナに私は必ず帰る 終戦のあかつき私ら家族がウクライナに帰ることは確定している ましてそこは吾子Lの、生まれ故郷でもあるし。
そのとき私は十字路で大地に接吻して何を言えるだろう、「私は何もしなかった!」との改悛のほかに。
戦争が終わったら、それなりにたくさんの日本人が、ウクライナへ行く。ユーチューバーみたいなやつとか、テレビのレポーター、芸能人みたいなやつもいく。単に観光客もいく。市井の人に、マイクを向けて、なんとか質問したり、「大変でしたね・・」とか言ったりする。
それら全部の会話を自分は軽蔑するだろう。なんでこの日本人は、ウクライナの地で、ウクライナの人を前にして、こういわないのか。「許してくれ」と。「自分は何もしなかった。知っていながら何もしなかった。いくらでも知ることができたのに知ろうとしなかった。あなたがたが極寒の冬に一日十六時間の停電にあえでいたときに、日本の街区には煌々と街灯が灯っていましたよ・・」
