15日
二回目のヒップホップダンスがあった(市民スポーツ教室、水曜1950‐2050)。前日から憂鬱だった。時刻が近づいてくると身体(態度)の方にもそれが表れてきて、なんか私がうぢうぢしてるので、人、私をつかまえて、「アドヴァイス:自分と、ヒップホップ、それだけだと思いな。だれもあなたを見てないよ。先生さえ、これは、AIシャドウだよ(人格はない)。ただあなたの好きなヒップホップの音楽にひたって、身体を動かして、汗かきな、あわよくば、ひとつの動きを、身に着けてきな」このようにアドヴァイスをくれて、私は素直にウンといった。
まんまその心がけを採用させてもらって、ほかの生徒さんには目もくれない、今日も例の高3男子が来ていてその子にケアの光が注がれているようではあったが気にしない、完全無視、先生はAIシャドー、ただ俺、俺とヒップホップ、そして俺。知ってる00年代の楽曲がくると、お、UsherのI need a girlだね、あ、Nellyだね、と心で相槌ち、ともかく体を動かす。それでウォームアップと体幹トレーニングはおもっきり汗かいて充実。後半、ダンスの部に入っても、変わらずモチベーション高く、前回(先週)できなかった動きは相変わらずできないのだが(そもそも理解できてない)、先生ことAIファントムの動きをよく見て、ともかくも体を動かして、けんめいに、ついていこうとしたが、どんどんふりつけが進んでいく、前回すでにやった動きは理解度(再現度)6~3割くらい、だがそれの続きで今回新たに加わる動きについては2~1割がいいとこ、あるいは、かいもくわからない。時計をみれば20時半である。「まだあと20分ある」。進歩がない! 前回と全く同じタイミングで、同じようなことを思ってしまったわけだ。そこからはあとはもう呪詛のみ。「これのどこが『初心者』ヒップホップなんだ!」つけ加わるいちいちの動きをむしろ嘲笑してしまう。離人の感が強くなり、身体の可塑性が低下、3割なりとできていた動きももうできなくなり、最後の20分はほとんど棒立ちで過ごした。しじゅうにして、このように不安定な者。ひとなかで、ただヴァルナラブルな感じで立っていることができる者。
OK寄って、あぶら買って帰った。Oオイルとごま油がともに切れかかっていたので。帰宅して、妻に報告:あと1回。次いってまたこの感情になるなら諦める、もう行くのやめる。
14日
何丘ハサンのTシャツブログ、今日もTシャツのことを書く。
独文の飯島先生が(若死にされた。セルジュ・ゲンズブールを思わせる鷲鼻・ギョロ目の)追分合宿にフランツ・カフカのTシャツを着てきて、いいなと思った。黒地に、カフカの正面、それだけ。文字もなし。カフカのご専門というわけでもなかったに思う。ウィーンかどこかの土産という話だったと思う。独文の先生が、独文学者のTシャツを着ている、それがいい。自分の好きなもの、自分がそれをレペゼンしているもの、纏えば自己が賦活されるようなもの、そういうのを着るのがいい。
それを纏うに「より」(相対的に)資格がある者は誰だ(俺だ)、の争いになるとつまらない。カフカの専門でなかった飯センが、自分よりカフカに詳しい/好きなやつがいるかもしれない独文合宿に、カフカのTシャツを着てくる、いや、全然いい。「それをより着る資格があるのは俺だ」と名乗り出るやつがいたとしたら、そいつこそつまらない。全然それに興味ないあるいはそもそれが誰か知りもしないやつがナニT着てたらそれはお前違うと言いたいが、「好き」や知識がある一線を越えた者は皆着ていい、また、その一線を果たして越えたかは純に自己判断でよい。沖縄いったら誰でも買うOrionビールTシャツ、東京でもしばしば見る(晴れの日の井の頭公園を一日歩けば一人二人はいる)。自分は昨秋、人生に一度の沖縄旅行で、Orionビールを6Lがとこ飲んだ、それだけでもうこのTシャツを着る資格は満ちたに感じる(着ないが)。
それでいうと、私は、ビートルズTシャツを着てよい。むしろ、人の着るビートルズTを自分ほどの者が一枚も持っていないのはおかしい、と感じられて、探してもみた、が大好きなメルカリに、ベタ過ぎず・高過ぎず・趣味にかなうデザインのTを見つけられず、いまだ買わない。
ドストエフスキーT。古い新潮文庫の、あの灰青を地に、ペローフの有名な肖像をあしらった、それをどこにどの大きさで点じるかだが、小さいのを左胸にか、でかいのを背中にか。そういうTシャツがあったら、まちなかで同好の士とハイタッチできよう。
三鷹で売ってる、太宰治Tシャツ。黒地に白字で、斜陽の一節が記してある。本人の手稿を写しとったやつ。畏友Kさんのために買ったが、渡せないまま、プレゼント用のパッケージに包まれた状態で、今も棚にある。先ほどの話と矛盾するようだが、自分よりそれを着る資格があると思える人のために買ったものを、渡す機会を逸したからといって、ちゃくふくするのも僭越におもえて。
13日
Back to the futureのTシャツを着ている子をよく見るのだが 古着ふうの 流行っているのか また流行っているものを子供に着せるとはどういう感覚なのか 大人が着てるのもよく見る
ときに読者は、読者よ、あなた何歳? 何歳であれ、自分で自分のTシャツを買ったことくらいあるだろう、あなたは自分のTシャツに幾らまで出せる人? 今まで買った一番高いTシャツは幾らで何んなん?
歴代の最お気にTシャツを思い出していけば懐かしい 私を知る人がその知る私の姿を見出すべきTシャツは今ほぼ巷を歩いていない きみらの知るあのTシャツたちは あるいは逸失 あるいは古びて捨てられた かつての仲間たちよ 私は今こんなTシャツを着ています・・
今の私のお気に①黒いやつ。メルカリで2500円。
先日ジョニー(という名のウクライナ青年、私の弟子)とおうたときにじろじろ見られて、ふーん、おもろいTシャツだね、とにやにや笑われて、「どこで買いましたか?」 私、メルカリと答えるのがなにとなく恥ずかしく、「吉祥寺。」と答えた。
お気に②青いやつ。メルカリで2800円。くまちゃんの絵がかいてある。③灰色のやつ。メルカリで600円。マンドリルがかいてある。④白いやつ。メルカリで900円。きりんさんがかいてある。
本当は、こんなの(↓)がほしいのである。駅の観光案内所で見つけて、うわ、これは欲しい!と思った。

だが5000円も出せない。3800円でも買うかどうか。3000円なら多分買った。ここいらが私が一枚のTシャツに出せるお金のマックスである。
わたちのTシャツのこだわりは、むやみに英字かいてあるものは着ない。子供にも着せない。着るTシャツに書いてる言葉には責任を持ちたい。英字であれなんであれ、それ着て歩くということは、その言葉を自分で言いふらしながら歩いてるのと同じこと。であるならば、自分で納得し、共感ないし肯定できるような言葉でそれがないとすればいったい何なのだ。白痴か狂人であろう。
私はまちの人のTシャツをけっこ見てる。「趣味は人間観察」という人がいるが(古い言い方だろうか?)、Lや妻は、まちで私が「あ、見た?今の人。Tシャツ」とか屡言うのをしっている。私の軽侮の念が最大になるのは、明らかに自分で統御できてないような言葉を着ている人を見たときである。
!!ここで閃きが
Tシャツにお好きなプリントをほどこすことができる店ってあるよな。近場だと吉祥寺の丸井にそんな店がある。そういうサービスを利用して、うちの、ほれそこの壁に飾ってある、Lが描いたオマール海老の水彩、これをTシャツにして、俺とLとあとオデッサのじいさんで、3人(3世代)おそろにしたらどうだろう。よいではないか! 同じくLがかいた、デューラーふうの木炭うさぎ、これも捨てがたいが、やはりじいさんと俺とLをつなぐ絆は、海老、蟹、ザリガニの類である。
じいさんー俺ーL 甲殻類 無脊椎
ばあさんー人ーR 魚類 脊椎あり
さっそく明日、吉祥寺へいこう! (参考→I 脳 You)
12日
朝
きょうは日曜日 日曜日の朝にかけたくなるのはベタだがR.KellyのSadieという曲である Early one Sunday morningとはじまる Breakfast was on the tableとつづく Kellyが亡母をしのんでうたった歌である じしん金の亡者となったKellyがNo money can turn your life aroundとうたうのが哀しい Sadieというのは母の実名なのだるべし 私の母は存命である 昨日熊谷から孫をみにきた うちわ祭りには私のほうが熊谷へ行く チャンチキチ聞かぬと私の夏は始まらない
きょうはオデッサの義父のbdayである 64になる 義父は活動деятельностьの人で смена деяьтельности – это отдых(そんなに活動ばかりやっていて疲れませんかとの私らの問いに)活動を替えることは即ち休息することだ、との名言あり ダーチャのかれの果樹園にはちふさ(千房)の葡萄がなる これを育て、あつめ、揉み、醸し、200LのY’nにする 同時並行でりんごだのももだのあんずだの処する 日暮れまでそれらのことをし 日が暮れればいえうちで こわれた家電だの修理する またLのために粘土人形や、人形アニメを制作する
その義父は六十の手習いでピアノをはじめた 独学で、かれがこれまでにおさめた楽曲は、わずかに二、三、うちの一曲がビートルズの「私が64になっても」である その64に今日なる 曲のテーマは偕老同穴である ぼくは歳を取る きみも歳を取る ずっとずっと先、たとえばぼくが64になっても、まだバレンタインにはチョコをくれますか、誕生日にはとっときのボトルをあけてくれますか お金をためて、夏には離島にコテージを借りよう、足元に孫たちがまつわりつく、ひとりはのっぽであとはちび、その日も愛していてくれね、その日もごはんを食べさせてくれね、ぼくが64になっても。義父にはしかしその伴侶がいないのである あなたのレパートリーの64に今日なりましたねとどうしていえようか
キエフ工科大学に在学中に結婚した 40年といえば銀婚と金婚のあいだでいま調べたらルビー婚というのだそうだ ルビコン カロンの渡し船 ちなみにK工科大はソ連の理工系の最高学府で日本で言えば東工大の格なるよし そんなことはどうでもよい
5月の来日で、たまたまかかりあった露語人に、おとうさんおひとりでいらしたのですか、おかあさんは?と問われて、言下に、Ее уже нетと義父 否定生格 「義母は生格になってしまった」 このときの生格の擦傷がいまだに痛む
昼
ナフサが足りないから銀パケでポテチ売りますの話、人聞きの時点ではちょっと面白いと思ったが、実際に店頭でモノに出くわし、そのパケに「ナフサ不足による特別仕様」とかなんとか印字されてるのを見て、あ、それを印字するだけの資源はあるのだ、と思って、このすべてが便乗商法(情勢にかこつけて珍奇パッケージで「限定品」を売る)であることを悟った。絶対に買ってやるものかと思った。
こう思うと私は本当に買わないであろう。私は自分を知っている。サッカーも、興味はあったが、見ない(トランプの米国がホストするW杯など見ない)と決めて、けっきょく見ないで終わる。悪また醜と認定したもの(巨大資本や国家)に背いて非妥協という自分のこの、奇癖。その極端な例が魯国である。口にするのも呪わしいといって、私は3文字の国号をブログに記すことも、家庭内で口にすることも稀である。
ツイッターを、続けていれば、このブログの読者数の維持、ひいてはマネタイズに、つなげられたであろうが、まずは醜という認定があり、マスクの登場によって悪という認定も加わって、もうこんなもの金輪際さわらぬということに決めてしまった。以後、自アカウントの運営はおろか、閲覧することさえ自らに禁じた。そして、電車とかでツイッターを眺めている人を軽蔑する。しかも、このように「軽蔑している」と公言する。
だが、一度こうと決めたら曲げない、ぶれない男、主義と原則の人、そんなご立派なものである筈がない、自分など。ポテチはもともとそんな食べない。テレビがもともと家にない、だぞーんなど新規加入するのも面倒だ、そこにテレビがあれば見てもいるであろう。ツイッターもただ面倒になったからやめたのだ。ロシアは……私はロシア語が万年へぼいから、それで逆恨みしているのだよ。
晩
晩は手包み餃子であった 60こ作って 13個あまった 47個を4人でたべた 1歳児のRは4個たべた 残り43個を3人で食べた 6歳児のLは煮が6焼きが6で12個たべた 残り31個を私と人が食べた 恐らく私が17で人が14とかであろう
| 焼き | 煮 | 計 | |
| R(1歳児) | 4 | 0 | 4 |
| L(6歳児) | 6 | 6 | 12 |
| 人 | 6 | 8 | 14 |
| 吾 | 8 | 9 | 17 |
| 合計 47 | |||
NATOサミットはウクライナの華々しい外交的勝利のうちに終わった。3つよいことがあった。①NATO諸国が今年と来年の二か年で少なくとも140億ユーロの対ウ軍事支援を行うことで合意(先に合意の「EU諸国から600億」より大幅積み増し)②米T王より好シグナル3件:⑴Patriot(用ミサイル?)の生産ライセンスをウに供与するとの口約束(実現したとしても成果は数年後。現下の戦況には寄与せず)⑵ウによる露本土エネ施設攻撃は「終戦につながる一手」との高評価⑶ゼレと会談後P珍に電話するとの事前計画だったが結局電話せず(頻回に対面会談できる、という西側陣営の地の利をいかしてゼレがT魅了に成功しつつある)③地雷含みの諸隣国首脳と会談して関係改善の芽(歴史問題でぎくしゃくしている盟友ポーランドのナヴロツキー大統領とゼレ長時間の会談、対話継続で一致。またオルバン後も対ウ関係シビアに是々非々なるハンガリー首相マヂヤルと短時間面談で次回キエフもしくはブダペシュトで首脳会談を約す)
やはり実際に会える、というのは強い。露にない明らかな強みである。ウクライナは西側(自由民主主義)陣営であり、かつ、ゼレンスキーは若くタフである(しかも英語に堪能)。諸国首脳とバイまたマルチで頻繁に顔を合わせられる。
・・とかと書きつつチラとУП覗いたら、おやおや!スヴィリデンコ更迭ですか。何あった?後任候補にはシュムィガリ(元首相、現エネ相)とあとフョードロフ(現国防相)の名が挙がっている。内閣の大改造だ。何あった?どうなる?また勉強だ。全然追い付かない。
晩2
背いて非妥協、の奇癖。の対象は、なにも国家や巨大資本に限られない こいつは敵だ、こいつとはもう口をきかない、と思い決め、そうして私が「捨てた」人の、なんと多いことか O 親友であったが2012年に捨てた 2014年に求めていちど会ったがもう一度捨てて今私の世界にいない K 相棒であったが2010年か焼き滅ぼすつもりで長文のメールを書き返事が来ずそれきりである S 姉なる人、2023年に届いた一通のLINEで敵に認定して私の世界から切り離した N また姉なる人 2025年の一通のLINEが許せずあなたの娘たちともども世界から削除
なんと歪な人間であろうか 歪(いびつ) 人間の心の歪を理解しない、ただ嫌悪して遠ざける、そのくせ自分の心が一番歪なのはだーれだ。答:フィリッポス王。 歪 米櫃
人を捨てる私はまた人からも捨てられるのが応報だ かつて私の親友であった人、いま誰もいない どこ、Y どこ、O どこ、Y どこ、T どこ、K(ここ、ここ、ここはどこ、どこ。私、中央線乗り継いで気づいた明日は始業式)
このように人をなくしていく私の、その私の、子は、子たちは、どのように人と関係を取り結んでいく
(一日、64歳になったら、の歌が脳内に流れていた)
8日
幾つになっても、何遍でも何遍でも、こうした辛酸を舐めることになる、「辛酸パスタ」レシピ:アンチョビペーストとケイパーとブラックオリーブとホールトマトと唐辛子そして忍辱をOオイルで炒めてパスタと和える、パルミジャーノ・レッジャーノその他(なんでもいい)硬めのチーズをすりおろしてふりかければ、辛酸と忍辱のパスタ(売春婦のパスタ。プッタネスカ)のできあがりである。
というのも、ミタカのスポーツ教室で、今期(7-9月期)はダンスをやってみることにした。体を動かさなすぎるので。また、私は姿勢が悪いので。はじめ、なんとかいう、骨盤矯正とか、惰重力体操とか、そんな健康特化の簡単なプログラムに応募したのだが、落選しちゃって、あまりものの中から、私が選んだのは「初心者HIPHOP」。要は、ダンスである。私はダンスが好き。1歳児のRもダンスが好き。ふたりでよく踊ってる。あと私、ほら、ヒップホップ好きじゃん。every word I say should be a Hip Hop quotableてようわたし言ってるべ?
その初回が今日あった。繰り返すが「初心者HIPHOP」である。私にダンスの心得はない。踊るのは好きだが我流もいいとこ、踊りの語彙と文法に決して通じていない。それでいいじゃん、「初心者」なんだから。初心者向けのコースなんであるべ?
19:50からであった。体育室に入るとぞろり30人ほど生徒がいて全員が女性であった。いや、ひとり男性が入ってきた。かれは若造であった。高3という。
前半のウォームアップはなんとかついていこうとがんばった。だが後半、これを今期3か月かけて作り上げていくよーという、ある楽曲とそれにあわせたふりつけ、要は本チャンの踊りがはじまると、その最初の動きから全くついていけず! 足を右・左と前だして左・右とひっこめる、OK、足をぐーぱーぐーぱーする、これもOK、だが「そんじゃこの2つの動きを同時にやるよー!」のかけごえとともに、「足をぐーぱーぐーぱーしながら且つ右左と前・左右と後ろへ動かす」というのが始まって、私は脳の回線がショートし一歩も動けなくなってしまった。だが周囲を見回すと、結構皆さんできている(さてはリピーター)!
その後も次々と新しい動きが加わって、ふりつけはどんどん進んでいく、私は初手でつまずいていて、引きつづくいちいちの動きも逐一わからない、ふりつけはふりつもっていくのだが私に遂行可能な動きはそのなかにひとつも見出されない、レスンはどんどん進んでいく、絶望が色濃くなる、時計を見ると20時半、まだあと20分もある。そう広くもない体育室に30人の生徒が両手を広げてぶつからないくらいに離れて立ったらそれだけでいっぱいである、前面が鏡張りになっていて私の姿もそこに映っている、ひとりだけ動けてない、そして一人だけオッサン。ふとみるとれいの高3男子もまごまごしていて全然動けていない。かれも今期がお初らし。だが、私との決定的な違いは、この少年に対しては、周囲の、また先生の、ケアがあるのである。周囲の生徒(おばちゃんたち)が「難しいよねー」と声をかけている。先生が、「少年、がんばれー!」と檄を飛ばす。私だけが存在しない。
ようやくレスンは終わった。終盤は呪詛ばかり唱えていた。初心者コースじゃねえのかよ!次もう来ねえよ!でも金払っちまってるし、せめて3回は通わぬと・・。だが数重ねればできるようになるとも思われない、だって理解してないのだもの、どのタイミングで何をするのか、理解してないのにできるようになるはずがなく、そして理解を助けてくれるものはない。私はここではどうやら不可視の者であり、ただ一本ののぼりたつ臭気(オッサン臭)としてのみ存在しているようだから。私ひとりのためにレスンの進度をゆるめてくれる希望もない。だって、大方のひとは、げんに、できているのだもの。
せめて大人として退室前に先生にありがとうございましたと言って出ねばと思ったが、出入り口のところで先生は例の高3男子と話し込んでおり(何やらモチベアップにつながる訓示)、邪魔をしてはと、結局無言で退室した。惨め! 善き人たちの楽しきおこないの渦中におけるこの孤独、寂寥、忍辱!
それで私はそのあしでOKストア寄って頼まれた買い物を、子供に飲ませるための牛乳だのむぎ茶だの赤唐辛子だの(忍辱パスタを作るための。)、かごに入れてレジ通してマイバッグ詰めて茶利こぎ帰る。この所帯くささ。オッサンここにあり!絵に描いたようなオッサン!こんなやつが女性たちまた高校生にまじってヒップホップダンスを!ぷっ!
楽しみだー、楽しみだーといって出かけて行った活動からやさぐれて帰ってきた私(第一声は”Жизнь не проста”)を人は驚きをもって迎えた。だいじょうぶ、誰もあなたのことなんか見てないよ。「もちろんだ。私は存在しない」そんなにいやならいくのやめたら。「できるか。金をもう払っている」ではひとまず3回いってみな。それでいやならもうやめな。「私もそう考えていた」それで酒も飲まずに今である。耐えていかねばならない、こうしたいちいちのことに、人生。
7日
瓦礫の下から12歳少年とその母の遺体が見つかり死者は19人となった
●お勉強(ミサイル)
こういう基本的なことは案外だれも教えてくれないと思うので。ミサイルは大別、巡航と弾道とある 巡行というのはふつうのミサイル ジェットで飛ぶ 水平に飛ぶ 対して弾道というのは、宇宙空間へ打ち上がったやつが縦に(垂直に)落ちてくる 迎撃は後者のほうが難しい 難しい理由は、第一に速度である 超高高度から重力加速度でぎゅんぎゅんに強化されて終末時点(という言い方をする)の速度はマッハを超えている 第二に、縦に降ってくる弾道弾は、ピンポイントに迎撃弾をぶち当てて破壊するほか無害化の方法がない 横に飛んでくる巡航に対しては、迎撃ミサイルを必ずしもぶち当てなくても、敵飛翔体の近傍で自飛翔体を爆発させて誘爆させれば無害化できる 思え、一本の錐(きり)を、それが上空遥かから君の脳天めがけて超速で落ちてくる、君は都市であるから動けない(かわせない)、君が自らを守る唯一の方策はこちらも錐を投げ上げて空中で衝突させることのみである その至難
露がウクライナに使う巡航(横のやつ)はたとえばカリブルというやつである これはわりに防げる
弾道(縦のやつ)はよくあるのはイスカンデルというやつである たまにキンジャルというのも撃ってくる もっと稀にオレシュニクという新型を撃ってくる 大抵防げない 近頃は全然防げない
ウクライナは露の空襲に備えていろんな防空手段(主として西側パートナー諸国から供与されたもの)を用意しているが、弾道ミサイルを防げるのは米国製のPatriotというやつのみである このPatriotが(あるにはあるのだが)足りないので弾道弾が迎撃できないという 正確には、Patriotというのは発射装置(+レーダーその他設備一式)のことであって、その発射装置が足りないというよりは、それに搭載する迎撃ミサイル(PAC-3という)が足りない たとえていえば、ピストル(発射装置)はあるのだが弾丸がないので撃てない
闘争において甲のある種の攻撃が乙には防げないことが知れているとき甲は当然にその攻撃手段で乙を叩く 乙が有効な対抗手段を編み出してこない限りはとことんまでそれで叩く 弾道でごり押ししてくる今である 一般に弾道は巡航より精度が低い 結果がキエフの街区のこの被害である キエフで民間人の死者が急増している理由はこれである



(6日未明の攻撃とその被害。Meduza)
トルコでNATOサミットが始まる ゼレンスキーも参加する 8日にはTとも会談する ゼレンスキーは当然にそこでパートナー諸国に防空協力を求めていく Patriot用ミサイルの最早期供与をと
欧州諸国は「万一ロシアが攻めてきた時のために」相当量のPAC-3を死蔵している 今まさに露の侵略圧の最前線でその攻撃を一身に浴び、もって欧州文明(自由民主主義陣営)の防波堤となっているウが、そのPAC-3を死活的に必要としている なぜ、四の五の言わずに、即時に全在庫を明け渡さないか 彼らの渋ちん、私には不可解の極み
●七夕
三鷹には国立天文台がある そこで例年ささをもらって七夕の飾りとするのであるが 今年は雨で・・いや雨ではなかった 曇りであった ではなんだというのか 私はふつうに仕事であったし LはLで空手道にいそがしく また、保育園のときほど、小学生ともなると、たなばただー、わー。と騒ぎにもならないようすで なんとなく素通りしてしまった感がある 今年の七夕 だがこのかんRのためには しきりにたなばたの歌をうたっていたわたくしだ 「ささのは、さらさら。のきば(?)にゆれる。おほしさま、きらきら。きんぎん、すなご(?)」「ごしきのたんざく。わたしがかいた(五色ぜんぶ、一人で書いたの?)」だがLは一応学校で、たんざくを一枚書かされたよしだ、何を願ったの?(ほんとうに、6歳のこの子は、いま、なにかを願うといって、なにを願うのだろう?)と問うたら、少しはにかんで、「みらいに、きょうりゅうがうまれるように」て書いたよ。とのこと。
未来に、恐竜が生まれますように。織姫様、彦星様。
(おーほしさーま、きーらきら。そら、から、みて、る。)
6日
状況については何をかいわんやである 露がキエフを猛打している 露は2週間に一度の割でキエフに大規模攻撃をしかけている 直近だと6/2→6/15→7/2 このうち7/2は一晩で31人民間人が死亡した この周期でいくと次は7月の半ばくらいだろうかと思ったら 本日6日未明またしても大規模攻撃 続々と死者の報 いま時点で13人(これ書いてるうちに14人)
露の大規模攻撃はミサイル数十発とドローン数百機のコンビネーションである とりわけ脅威となっているのはミサイルのうち弾道ミサイルと呼ばれるもの(ロケットで宇宙空間に打ち上げて重力で落とす、超音速で落ちてくる)で、これを防ぐ手段がウクライナにはほぼない 唯一防げるのは米国のPatriot、だがPatriot用の弾はほぼ枯渇している 7/2の攻撃では露が使用した24発の弾道ミサイルのうち4のみ撃墜(16.7%) 今朝の攻撃では29発のうち1発も撃墜できていない 露が弾道弾を撃てばほぼ素通りという状況である ウ側の諜報情報によれば、露はいま月に100発の弾道弾を安定的に生産できる
ウクライナはウクライナで露のエネルギー施設とりわけ製油所をドローンで撃ち続けている 昨日だかはペテルブルクが燃えた ウの攻撃によっても露の民間人に死傷者が出ている、とここで私がいうのはかえってフェアではない 第一に、破壊と殺戮の規模があまりに違う 第二に、ウクライナの攻撃は戦争を終わらせるためのそれである、いわんや露は
露とて五体満足ではない 未曽有のガソリン危機 ガソリンスタンドに蜿蜒長蛇の車列 戦争は遠くにありて思うものであった露深部諸都市とりわけモスクワも、ついに市民レベルで戦争がわがことに ウとしては、露社会のこの危機を、どこまで持続させ、あわよくば深めることができるか 打撃の手を休めてはならない ニュースサイト開くたびそこにあれかしと願うのは 黒煙、露本土からの 露のガソリン需要は夏の終わりにピークを迎える 9月には下院選がある
自分がウクライナによる露本土空襲を肯定する理由はシンプルである ウが露に戦争で「勝つ」というシナリオは修辞的幻想(現実には起こりえないこと)に過ぎない 敗北と引き換えに人類を七回滅ぼす核を持つ国に戦争に「勝つ」とは?米国だろうとNATOだろうとだ 露の戦争を止められるのは露のみである だがP政権はそれをしない 露の民衆にはそれができない では望みはひとつ 宮廷革命、それのみ Pに対する民の不満が宮廷で受注(受肉)される Pという血栓が除かれる 圧力が高まれば高まるほどその期待が高まる
だが空襲学の教えるところ、空襲はふつう、市民社会に対し、自国(被空襲国)政府への不信・不満・非難をかきたてるよりは、むしろ空襲者への憎悪を亢進させる (とMeduzaのクズネツォフ)
また(これもMeduzaのなんかのPodcastで言ってたが)、ウは露のあぶらを燃やし、露はウの電力網を破壊する、そのさいの正当化は、その油が/電力が交戦国の戦争マシーンの動力になっているからそれを断つのだ、というものだが、通常、油も電気も、軍は優先供給を受けるので、まず苦しむのは市民、一にも二にも市民、当の軍の活動に支障が出るのは最後の最後である、ということだ
だが、これらの説をきいたあとでも、自分の、ウの露本土空襲にかける期待は変わらない 露のあぶらはいよよ燃え、ガソリンはいよよ払底し、市民は地上移動手段を奪われたばかりか、空の便も失う、露の空をもう民間航空はほとんど飛べなくなり、ドモジェドもヴォヴヌコヴォもシェレメチエヴォも開店休業に追い込まれるべきだ 市民社会の困窮 これが極まった先に、量の質への転換、すなわち、白刃 黄金宮の深紅の緞帳のむこう、一本の銀ナイフによって、人民意思の代執行が成就する
そんな人任せな幻想、妄想によだれを垂らしつつ 自分は何もしない
私はーー読者のほぼ全員と異なり、私は、戦争が終わったら(このすべては、終わるのだろう? それが始まることなどだれも信じられなかったこと(戦争)が、いま、それが終わることが夢物語のようにしか思われない)ウクライナに確実に行く そこに妻の家族があり、いや、こういおう、そこに私の父がいるからだ 私の父がいるウクライナに私は必ず帰る 終戦のあかつき私ら家族がウクライナに帰ることは確定している ましてそこは吾子Lの、生まれ故郷でもあるし。
そのとき私は十字路で大地に接吻して何を言えるだろう、「私は何もしなかった!」との改悛のほかに。
戦争が終わったら、それなりにたくさんの日本人が、ウクライナへ行く。ユーチューバーみたいなやつとか、テレビのレポーター、芸能人みたいなやつもいく。単に観光客もいく。市井の人に、マイクを向けて、なんとか質問したり、「大変でしたね・・」とか言ったりする。
それら全部の会話を自分は軽蔑するだろう。なんでこの日本人は、ウクライナの地で、ウクライナの人を前にして、こういわないのか。「許してくれ」と。「自分は何もしなかった。知っていながら何もしなかった。いくらでも知ることができたのに知ろうとしなかった。あなたがたが極寒の冬に一日十六時間の停電にあえでいたときに、日本の街区には煌々と街灯が灯っていましたよ・・」
