6月

その他

12日

この間あった大きなことは義父をまた日本へ召んだ。

というところから始めようと思ったが阻喪した 何も語りたいことはない

何も書かなかったら全部書いたことになった、だそうだ 中くん

3月 頭が白くなりまさった
4月 Lが小学校に入った Rが保育園に入った
5月 義父がきた 2週間を過ごした
6月 頭がまた黒くなった

この間のトピックは実に少くない Lは空手を始めた Lのチェスの技倆は既に私を超えた 私は隣課と併任がかかり少しく慌しい 私はAIを使い始めた 職場でCopilot家ではGPTと会話している

pomeraを買おうか悩んでみ月になる Amazonでよん万切ったら買う

「ほしいガジェットあんだけど」なにですか どんなものですか いくらしますか「4万・・」なにですか どんなものですか「文字を書くだけの小さなパソコン。インターネットにつながらない」それがいくらしますか「4万・・」わかりました

わかりました:あなたは2か月、お酒をのむのをおよしなさい。そしたらあなたの手元に4万円それはあなたの4万円ですからご自由にガジェットでもなんでも買ったらよろしいでしょう。

私はしかし金曜日と土曜日にお酒を飲むことを唯一の希望にして水曜日の帰り道に高円寺でほろよいピーチを買って桃園川通りを阿佐ヶ谷まで歩いてしまったのだがリュックにパソコンと赤ワインとふとりじしのぶり一尾もち重りしをりそう、金土の飲酒を唯一の希望に平日5日を働き暮らしているのだ。

あまり大きな声では言えないが私は種々の犯罪行為にも手を染めている。

本当はだめなのにいとこどうしでキスしてしまったり。本当はだめなのに皆の駐車場にチョークで巨大な絵をかいてしまったり。本当はとっちゃいけない場所で写真をとったり相撲を。本当はフリスビー投げちゃいけない場所で立小便したりまたはその逆。本当はとっちゃいけないものをキャッチしてリリースするのだが本当はリリースしちゃいけないのに(丸池の米国ザリガニのこと)。図書館の本もしょっちゅう延滞するし。我が校では95%が加入しているらしいPTAにいまだに入っていないし。おならをしたこともあるよ。

殺し屋の……黒い皮手袋の薄さで守られている、とはすごい歌詞。そうそう、私はクルマを持ってないのだが、義父がいるあいだ、なにかと使うので、熊谷の車を三鷹に置きっぱにさしてもらった。義父がかえってゆき、その車を熊谷に返すときに、私は車中で、何か歌を歌っていたのだ、はじめ、Brokenhearted(傷心)という、Boyz 2 MenのWanya MorrisとBrandyのデュエットがありまして、すごく好きな曲なんだけども、歌っていたらぽろぽろ涙が出てきて、思わずワイパーを駆動してしまった。それで趣向をかえて、エレカシの、風というアルバムありまして、その平成理想主義という曲の、ブリッジ、「いつもの街の音、遠くにして、神社の、木漏れ日の間、歩いてた。わが身の、その来し方を、思い乍ら」のところ、ああこれは、きっと大宮の、氷川神社と思えて、続く「ああ、ああ、労働の日々!伊達や酔狂じゃねえ、生きるのさ」の展開、実に、実にすばらしい、と感得されて。改めて、耳馴染みの曲の、歌詞を、一行一行、読んでみたいと思った。

サッカーとか、見てるんすか。

すべて人間にかかわることで私にかかわらないことは何もない、とむかしの誰かが言ったそうな、実は、およそサッカーにかかわることで私にかかわらないことは何もないのだが、ご存知でしたか。これマジよ。たとえば今の日本代表を見ても、長友以外誰も知らない。久保という人は昔から名前だけ聞くが実際のプレーを映像でも見たことはない。メッシとかまだいるんすか。ロナルドとか、出るんすか。そのくらい疎いが、それでもである。サッカーは、どれだけ俺から離れようともがいても、また、どれだけ俺に知られまいと隠れても、露語でいう「おぶれちょ~ん(обречён)」というやつで、宿命的に私に関係してくるのだ。

ジャパンの進出敗退には正直はなもひっかけないが、いいサッカー、熱いサッカーを、ひるまっからビールとチップスで、眺めるのは楽しいことだろう。選手なんか知識なくても目立つ奴は目立つから1試合2試合と見ていくうち贔屓もできてくるものだ。それで、DAZNとかいうのかな、2000円くらいで全試合見放題という有料放送に、加入しようかどうか、悩んでる。「Lとふたり熊谷いって見たい試合みてくれば」と人は言うのだが(熊谷にはややインチの大なるテレビあり)、熊谷まで電車で往復するだけでふつうに3000円とかなるので、そんなら2000円で会員なって自宅パソコンで見てるほうがなんぼ快適だかわからない。

だがTの米国の国家事業としてのスポーツ大会なんぞ視聴ボイコットするのがまともな人間のすることとも思われる。

このかんあった少しましなことのひとつに、ヴィクトル乙というのがある。

ニュースは見ている。

УП(ウクライナ・プラヴダ)を開く。露本土またVOTから黒煙が上がっている。その喜びを希めてニュースサイトを開く。変わらず、全てを、それがいかに終戦に資するかという観点でのみ、評価している。

ニュースは見ている。だが、色々は分からない。何も分かっていないなと思う。たとえば、いま分からないのは、なんでゼレ公ははよポーランドに謝罪して問題の名前を撤回しないのか。でもこれがわからないということは、ウクライナの内在論理なんか何も分かっていないということなんだろう。あと、ウのいわゆるMiddle Strikeの優位性が肥大して疑似制空権を得、いまヘルソン・ザポロージエ両州とクリミアの陸ロジを叩きまくってクリミアを孤島化してるが、それをして、何になるん。住民のヘイト買うだけちゃうん。ということも、これだけ長期にわたり眺めていながら、全然得心いかない。軍事のことも結局何一つ分かっていないということ。

あざらしの出てくるジャンプのまんがをおもしろいと思う。ゴーストフィクサーズは相変わらず抜群に面白い。チェンソーマンの第二部は結局おもしろくならないまま全然納得いかない終わり方で終わってしまって作者の才能の枯渇を疑う。だが秋に公開という映画は楽しみだ。だがマキマの声優はレゼ編でちょいしゃべってたあの声なんだろうな、それは残念だ、全然合ってない。

チュルリョーニスはとてもよかった。私もこのように線をかいて色面を構成したい、そうしないのは嘘だと思わせてくれるのがいい展覧会(の十分条件)だよ。あとはミュエクというのを必ず見たい。でかさとか数の多さで圧倒してくる系のやつはいけば必ず楽しいんだからそら(それだけの理由でも)必ず行くべきだ。

映画は、今どこで何がかかっているのか全然知らない。新聞とるのやめちゃったから。

ご覧、近哲(コンテンツ)のことばかり書いている。近哲漬け。魂の問題をいかに蔑ろにしているか。画面ばっかり見ているよ。今これをお読みのあなたのようによ。それよりは流水、火炎を5分でも凝視し続けたほうがなんぼか得るものが多い、少なくとも失うものが少ない筈なのだ。私の観想法は、Lの顔をひたと見る。わが子の顔の中には流水も火炎も虹も光も闇もすべてある。1日にそれをやってる1分間のみ私は生きている。それ以外の時間は死んでいる私の死んだ言葉をここまで読んだのだね貴方は。

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