東京オリンピックが開催中だが私の心は閑寂だ。ただ先日「ウクライナの柔道選手『ダリア・ビロディド』が銅メダル」というニュースに接して、やっぱウクライナ人の苗字は面白いなと思った。では五輪に参加しているウクライナ選手の名鑑を見ておもしろ苗字を探してみようか。せっかくならロシアの方も見てみてvsウクライナで戦わせてみよう。
各選手団の紹介
NHKのニュースサイトによると、ウクライナ選手団は198人からなる。
対するロシアは533名。同じくNHKのサイトから。
各種報道によるとROC:ロシアオリンピック委員会の選手は300人強とのことだが、珍名五輪的には500でも300でも同じことだ。
ロシア/ウクライナの人名について
面白い名前とはどういうものか。珍名五輪といって何と何を比べるのか。美しすぎる柔道家(そういう言い方好きね)として日本で人気を集めているらしい「ダリア・ビロディド」を例にとって説明する。柔道女子48キロ級で銅メダル。
さて「ダリア・ビロディド」、ダリアが名でビロディドが姓である。ダリアというのはありふれた名だ。概してロシア/ウクライナ人はファーストネームのバリエーションが少ない。現にウクライナ代表200人中「ダリア」は4人いる。他に「アンナ」が5人いて「イリーナ」は6人いる。任意の日本人200人つかまえてこれほど名前がかぶることはまずないだろう。
面白いのは苗字だ。ファーストネームにひきかえ、ロシア/ウクライナ人のファミリーネームは多種多様を極めている。そして重要なことに、彼らの苗字には意味があるのである。たとえばメドベージェフは「熊」という語からきていて、いわば「熊田さん」、といった具合。
では肝心の柔道選手「ダリア・ビロディド」はというと、姓の「ビロディド」はウクライナ語で書いてБілодід、ロシア語表記でБелодед、意味は「白い・じいさん」である。
柔道家<白爺>!
というわけで珍名対決というのは苗字対決である。白爺みたいな苗字をそれぞれの国の選手名鑑にいくつ見つけられるかで、ロシアとウクライナを戦わせてみる。
注1:この記事は妻(ロシア人・ウクライナ人)の助言と監修を受けている。 注2:スラヴ系の名前のみ扱う。特にロシア側に多いコーカサスとか中央アジア出身選手の名の面白さは私たちには分からない、のでカウントしない。 注3:スラヴ系の苗字の全てに意味があるわけではない。 注4:珍名五輪において、こと名前に関してロシアはドーピングをしていないはずなので、ロシアは「ロシアオリンピック委員会」でなく「ロシア」として出場できる。おそらく珍名五輪は、ロシア選手がロシアの名のもとに戦える、2021年に開催される唯一の五輪である。 注5:肖像はすべてNHKの各国選手名鑑から。写真をタップ/クリックで選手紹介ページに飛べます。
【珍名五輪】先鋒
先鋒戦は「職業」対決とする。職業由来の苗字というのが色々ある、日本でいうと鍛冶とか矢作とかそういうやつ。
ウクライナ代表「ローソク屋」
フェンシング男子(エペ)スビチカル選手。Свічкарという姓は彼の先祖がсвічкиつまり「蝋燭」を扱っていたことを示している。たとえば教会御用達の商人だったかもしれない。
ロシア代表「レンガ屋」
競泳女子自由形のキルピチニコワ選手。Кирпичниковаという姓は彼女の先祖がкирпичникレンガ職人であったことを物語っている。
勝敗は……
なんだ、どっちが勝ちとか私が決めなきゃならないのか? 皆さんどう思います?
「ろーそく屋のせがれがフェンシングやってる」てのと「レンガ職人の娘が水泳やってる」、取り合わせとしてどっちが面白いか、みたいに考えればいいのか。そう考えると・・
レンガ職人かな。レンガの比重はどう考えても水より高そうであるが、浮ける・・のか? みたいな。
ということで軍配はロシア、キルピチニコワ選手の勝ち。
【珍名五輪】次鋒
次鋒戦は「形容詞」対決だ。ロシア/ウクライナ人名には「形容詞そのまんま」の苗字がままある。日本でいうと・・河合(かわいい)とか大木(おおきい)とかみたいなことだ(違う
ウクライナ代表「おなかがすいている」
ウクライナ語で「おなかがすいている」を意味するголоднаという形容詞をそのまま苗字に持っているゴロドナ選手、種目は陸上・砲丸投げである。
ロシア代表「偉大な」
フェンシング・ロシア代表(サーブル)のベリカヤ選手。ヴェリーカヤвеликаяとはロシア語で「偉大な」を意味する形容詞である。
調べてみると、その名は伊達でなかった。今大会、女子サーブル個人で銀、団体で金。さらに、この御年36歳の剣士、2012年のロンドン五輪で個人銀、2016年のリオ五輪でも個人銀さらに団体金に貢献している。まさしく「偉大な」選手であった。
勝敗は……
ウクライナの「おなかがすいている」砲丸投げ選手と、ロシアの「偉大な」フェンシング選手。
珍名五輪的には、勝負はむろん決している。
この勝負、ウクライナ(おなかがすいている)の勝ち!
【珍名五輪】中堅
中堅戦は「ヒゲ」対決である。ロシア/ウクライナ人には「ヒゲ」に由来する名前が多い……などという事実はない、はずなのだが。
ウクライナ代表「片ヒゲ」
カヌーのヴィクトリア・ウス選手。「V.ウス カヌー」の字並びがすでにジワジワ面白い。ウス(ус)というのはヒゲである。
ところでヒゲは漢字で髭・髯・鬚と三通りに書き分けるのをご存知か。部位別に、口ヒゲが髭、頬ヒゲが髯、顎ヒゲが鬚。同じようにロシア語・ウクライナ語でも三種のヒゲを言い分けていて、「ウス」というのは髭、すなわち口ヒゲ(鼻と口のあいだのヒゲ)のことをさす。
面白いのはここからで、髭はふつう複数形(усы)で言うのだが、このヴィクトリア・ウス氏のウスは単数形なのである。するとどういう語感になるかというと、いわゆる「カイゼル髭」(гусарские усы)の左右一組のヒゲのうちの片側、というふうにイメージされる。
サルヴァドール・ダリが自慢の口ヒゲの左右一方を間違って全剃りしてしまって、片髭だけが残った、その残ったものがウスである。
ロシア代表「黒ヒゲ」
射撃のチェルノウソフ選手。今大会、混合エアピストルで銀。
チェルノウソフという文字並びの中に例のウス(口ヒゲ)を見つけられる人は勘がいい。そう、Черноусовはロシア語でчёрные усы「黒い髭(複数)」を生やしたやつのことである。
ところで、同じロシアの射撃にもう一人そんな名前のやつがいる。チェルノウソワ。この人もまた「黒ヒゲを生やした奴」ということになる。この二人、実は夫婦なのだ(この女性の方が先のチェルノウソフと結婚して改姓した)
勝敗は……
ウクライナのカヌーイスト「片ヒゲ」か、ロシアの「黒ヒゲ」狙撃手夫妻か。
記述の分厚さで私の好みはお分かりだろう。
勝者、「片ヒゲ」!
(勝手な妄想だが、仮にウクライナのウスがロシアのチェルノウソフに嫁いで改姓していたら、それこそ片ヒゲ→黒髭への超進化、クラスチェンジであった)
【珍名五輪】副将
さて、勝負も押し詰まってきた。5番勝負ももう4戦目。いよいよド級の珍名が名乗りを上げる。
ウクライナ代表「黒塗りピロシキ」
ウクライナ代表のモンスター級珍名。陸上の「ピロジェンコ=チェルノマズ」である。
「ピロジェンコ」と「チェルノマズ」の二重姓。ピロジェンコはピロシキпирожкиに関わる姓で、おそらく先祖の誰かがパン屋だったのだ(ピロシキというと日本では何か特殊な揚げパンのようなものがイメージされるが、ロシアらへんでは大体何でも具入りのパンのことはピロシキという。アンパンもカレーパンも彼らに言わせればピロシキである)。すごいのは後半部で、チェルノマズはчерно「黒いもの」をмаз「塗る」ということであるが、恐らくこれは何か先祖が松脂塗装業者とかそういうことではなくて、単にそいつが「顔の黒いやつ」「くろんぼ」だったのだ。
とする根拠は実は何もない。しかし、先ほどのウス(片ヒゲ)もそうだが、見たまんまの外貌の特徴をずけずけ指呼してそれを呼称にしてしまうというのがいかにもコサック的で、ひいてはウクライナ的なのだ。ちなみにウクライナ語で「苗字」はпрізвищеという。と聞いてロシア語知ってる人は膝を打ったはずだ。ロシア語でпрозвищеとは「アダ名」のことだから。
まとめると、要するにこの陸上選手は二連姓によって「パン屋」と「くろんぼ」二つの血統に連なるものであることを自ら証している。日本人名にあえて訳すと<米屋「ガングロ」なつ子> 。
ロシア代表「すばやく金持ちになる」
ハンドボール女子ロシア代表のスコロボガッチェンコ。なんという苗字だ。スコロ(скоро)は素早く、ボガッ(богат)は金持ち。「素早く金持ちになる」! この姓にあやかりたい勢から求婚が殺到しそうなファミリーネームだ。
勝敗は……
ウクライナの陸上選手「米屋ガングロなつ子」か、ロシアのハンドボール選手「すばやく金持ちになる」か。
むぅ、悩ましいが、
……
ガングロで!
【珍名五輪】大将
5番勝負の最終戦。ここまで戦績は「ロシア1勝・ウクライナ3勝」、もうウクライナの勝ちが決まってるようなものだが、消化試合とするのもナンなので、えいこうしよう、大将戦は星2つ。
ウクライナ代表「売却済み」
これは笑った。馬術のアレクサンドル・プロダン(Александр Продан)選手。プロダンは「売る」という動詞の過去分詞(ロシア語文法的には被動形動詞過去短語尾)で、アレクサンドルというファーストネーム込みで「アレクサンドルは売却済み」という完結した文章になっている。
ロシア代表「目玉引っこ抜け」
フェンシングのデリグラゾワ選手。女子フルーレの個人で銀、団体で金に貢献。
デリグラゾワ(Дериглазова)はデリとグラゾワに分解でき、デリ(дери)は「引き抜く」を意味するдратьという動詞の命令形。つまり「引き抜け!」と命令している。で、何を引き抜けと命令しているかというと、後半部グラゾワはглазаすなわち「目」である。
すなわち「目ん玉ひっこぬけ」。ゴーゴリ「検察官」にジェルジモルダ(Держиморда「鼻ヅラ引っ掴め」)という珍名が出てくるが、それに輪をかけて暴力的な名前……!
勝敗は……
ウクライナ代表、馬術の「アレクサンドル売却済み」か、ロシア代表、フェンシングの「目ん玉ひっこぬけ」か。
勝てば2点……ウクライナが勝てば4-1でウクライナ……ロシアが勝てば3-3でタイ……
(延長戦はしんどい……)
……
……ロシアで!
勝者の国歌が演奏される
白熱の珍名五輪はかくして3-3の引き分け、両国同時優勝ということで幕を閉じる。
おめでとうウクライナ、おめでとうロシア。Stop the war!!
伝統にしたがい、両国の国歌を演奏しよう。まずウクライナ国歌。
次いでロシア国歌。
ベンチメンバー紹介
おまけで、各国の珍名ベンチメンバーを1名ずつ紹介しよう。
いいにおいのする体操選手
ウクライナの体操選手パフニュク(Пахнюк)。もとになっている動詞пахнутиは「匂う」または「臭う」。ここは前者でとってあげよう。
芸術的な泳ぎを見せる「蚊」
アーティスティックスイミング(かつてシンクロと呼ばれた種目)ロシア代表のコマル選手。Комарはそのものずばり「蚊」である。そら困るわ。
幕!
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