オデッサはUNESCO認定の「文学都市」

オデッサ/ウクライナ/ロシア

近所の図書館の窓に「オデッサはUNESCO認定の文学都市です」と書かれた張り紙があって、ふたつの感想をもった。

一、へーそうなんだ。
一、へーそういうものがあるんだ。

ちょっと調べてみた。「文学都市」とは何か。なんでオデッサが「文学都市」なのか。

「文学都市」は世界に38ある

2021年1月現在、UNESCOの「文学都市」に認定されている都市は38ある。

エディンバラ、ノーリッジ、ノッティンガム(英国)、メルボルン(オーストラリア)、アイオワ(アメリカ)、ダブリン(アイルランド)、レイキャビク(アイスランド)、クラクフ(ポーランド)、ダニーデン(ニュージーランド)、グラナダバルセロナ(スペイン)、ハイデルベルク(ドイツ)、プラハ(チェコ)、バグダード(イラク)、リュブリャナ(スロベニア)、リビウ(ウクライナ)、モンテビデオ(ウルグアイ)、オビドス(ポルトガル)、タルトゥ(エストニア)、ウリヤノフスク(ロシア)、富川(韓国)、ダーバン(南アフリカ)、リルハマー(ノルウェー)、マンチェスター(英国)、ミラノ(イタリア)、ケベックシティ(カナダ)、シアトル(米国)、ユトレヒト(オランダ)、アングレーム (フランス) 、ベイルート (レバノン) 、エクセター (英国) 、クフモ (フィンランド) 、ラホール (パキスタン)、レーワルデン (オランダ)、南京市 (中国)、オデッサ (ウクライナ)、スレイマニヤ (イラク)、原州市 (韓国)、ヴロツワフ (ポーランド)

文部科学省

へーと思ったものを太字にした。ダブリンはジョイス、レイキャビクは? グラナダとかバルセロナが出てくる文学作品をひとつも思い出せない。リビウというのは私などにはリヴォフと言った方がピンとくるのだがこれもウクライナの街。ロシアからエントリーはウリヤノフスク? は? レーニン? ペテルブルクが入ると思ったが……。ミラノも分からない。そしてオデッサである。

UNESCO「文学都市」とは

文学都市というのは、UNESCOの「世界のクリエイティブな都市を結ぶネットワーク(Creative Cities Network)」というプロジェクトの一部門であるらしい。

このプロジェクトの中には「文学都市」以外にも「映画都市」「音楽都市」「グルメ都市」などいろいろあって、たとえば

・オードリー・ヘプバーン主演『ローマの休日』のローマは「映画都市」
・ビートルズの出身地、英リバプールは「音楽都市」
・山形県鶴岡市が(なぜか)「食文化都市」

といった具合。

全7部門合計で246都市が登録されている(2021年1月現在)そうで、一覧にすると長い。

(1)文学:エディンバラ、ノーリッジ、ノッティンガム(英国)、メルボルン(オーストラリア)、アイオワ(アメリカ)、ダブリン(アイルランド)、レイキャビク(アイスランド)、クラクフ(ポーランド)、ダニーデン(ニュージーランド)、グラナダ、バルセロナ(スペイン)、ハイデルベルク(ドイツ)、プラハ(チェコ)、バグダード(イラク)、リュブリャナ(スロベニア)、リビウ(ウクライナ)、モンテビデオ(ウルグアイ)、オビドス(ポルトガル)、タルトゥ(エストニア)、ウリヤノフスク(ロシア)、富川(韓国)、ダーバン(南アフリカ)、リルハマー(ノルウェー)、マンチェスター(英国)、ミラノ(イタリア)、ケベックシティ(カナダ)、シアトル(米国)、ユトレヒト(オランダ)、アングレーム (フランス) 、ベイルート (レバノン) 、エクセター (英国) 、クフモ (フィンランド) 、ラホール (パキスタン)、レーワルデン (オランダ)、南京市 (中国)、オデッサ (ウクライナ)、スレイマニヤ (イラク)、原州市 (韓国)、ヴロツワフ (ポーランド)
 (2)映画:ブラッドフォード(英国)、シドニー(オーストラリア)、釜山(韓国)、ゴールウェイ(アイルランド)、ソフィア(ブルガリア)、ビトラ(マケドニア)、ローマ(イタリア)、サントス(ブラジル)、山形市(日本)、ブリストル(英国)、ウッチ(ポーランド)、青島(中国)、テラッサ(スペイン)、ムンバイ (インド)、ポツダム (ドイツ)、サラエボ (ボスニア・ヘルツェゴビナ)、バリャドリッド (スペイン)、ウェリントン (ニュージーランド)
 (3)音楽:ボローニャ(イタリア)、セビリア(スペイン)、グラスゴー、リバプール(英国)、ゲント(ベルギー)、ボゴタ(コロンビア)、ブラザヴィル(コンゴ共和国)、ハノーバー、マンハイム(ドイツ)、浜松市(日本)、アデレード(オーストラリア)、イダーニャ・ア・ノバ(ポルトガル)、カトビーツェ(ポーランド)、キングストン(ジャマイカ)、キンシャサ(コンゴ民主共和国)、メデジン(コロンビア)、サルヴァドール(ブラジル)、統営(韓国)、バラナシ(インド)、アルマトイ(カザフスタン)、アマランテ(ポルトガル)、オークランド(ニュージーランド)、ブルノ(チェコ)、チェンナイ(インド)、大邱広域市(韓国)、フルティジャール(チリ)、カンザスシティ(米国)、モレリア(メキシコ)、ノーショーピング(スウェーデン)、ペーザロ(イタリア)、プライア(カーボベルデ)、アンボン (インドネシア)、エッサウィラ (モロッコ)、ハバナ (キューバ)、カザン (ロシア)、クルシェヒル (トルコ)、レイリア (ポルトガル)、リリア (スペイン)、メス (フランス)、ポート・オブ・スペイン (トリニダード・ドバゴ)、ラマッラー (パレスチナ)、サナンダジュ (イラン)、サントドミンゴ (ドミニカ共和国)、バジェドゥパル (コロンビア)、バルパライソ (チリ)、ベスプレーム (ハンガリー)、ブラニエ (セルビア)
 (4)クラフト&フォークアート:アスワン(エジプト)、サンタフェ、パデューカ(アメリカ)、金沢市、篠山市(日本)、利川(韓国)、杭州、景徳鎮、蘇州(中国)、ファブリアーノ(イタリア)、ジャクメル(ハイチ)、ナッソー(バハマ)、プカロンガン(インドネシア)、アル・アサ(サウジアラビア)、バーミヤーン(アフガニスタン)、ドゥラン(エクアドル)、エスファハーン(イラン)、ジャイプル(インド)、ルブンバシ(コンゴ民主共和国)、サン・クリストバル・デ・ラス・カサス(メキシコ)、バギオ(フィリピン)、バルセロス(ポルトガル)、カイロ(エジプト)、カラーラ(イタリア)、チェンマイ(タイ)、チョルデレグ(エクアドル)、ガブロヴォ(ブルガリア)、ジョアンペソア(ブラジル)、キュタヒヤ(トルコ)、リモージュ(フランス)、マダバ(ヨルダン)、ワガドゥグー(ブルキナファソ)、ポルトノーヴォ(ベナン)、シェキ(アゼルバイジャン)、ソコデ(トーゴ)、テトゥアン(モロッコ)、チュニス(チュニジア)、アレグア (パラグアイ)、アヤクチョ (ペルー)、バララット (オーストラリア)、バンダレ・アッバース (イラン)、ビエッラ (イタリア)、カルダシュ・ダ・ライニャ (ポルトガル)、晋州市 (韓国)、カルゴポリ (ロシア)、シャールジャ (アラブ首長国連邦)、スコータイ (タイ)、トリニダ (キューバ)、ヴィリャンディ (エストニア)
 (5)デザイン:ベルリン(ドイツ)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、モントリオール(カナダ)、神戸市、名古屋市(日本)、深セン市、上海、北京(中国)、ソウル(韓国)、サンテティエンヌ(フランス)、グラーツ(オーストリア)、ビルバオ(スペイン)、クリチバ(ブラジル)、ダンディー(英国)、ヘルシンキ(フィンランド)、トリノ(イタリア)、バンドン(インドネシア)、ブダペスト(ハンガリー)、デトロイト(アメリカ)、カウナス(リトアニア)、プエブラ(メキシコ)、シンガポール(シンガポール)、ブラジリア(ブラジル)、ケープタウン(南アフリカ)、ドバイ(アラブ首長国連邦)、グレータージロング(オーストラリア)、イスタンブール(トルコ)、コルディング(デンマーク)、コルトレイク(ベルギー)、メキシコシティ(メキシコ)、武漢(中国)、旭川市 (日本)、バクー (アゼルバイジャン)、バンコク (タイ)、セブ市 (フィリピン)、フォルタレザ (ブラジル)、ハノイ (ベトナム)、ムハッラク (バーレーン)、ケレタロ (メキシコ)、サンホセ (コスタリカ)
 (6)メディアアート:リヨン、アンギャン・レ・バン(フランス)、札幌市(日本)、ダカール(セネガル)、光州(韓国)、テルアビブ‐ヤッファ(イスラエル)、リンツ(オーストリア)、ヨーク(英国)、オースティン(アメリカ)、ブラガ(ポルトガル)、長沙(中国)、グアダラハラ(メキシコ)、コシツェ(スロバキア)、トロント(カナダ)、カールスルーエ (ドイツ)、サンティアゴ・デ・カリ (コロンビア)、ヴィボー (デンマーク)
 (7)食文化:ポパヤン(コロンビア)、成都、順徳(中国)、エステルスンド(スウェーデン)、チェンジュ(韓国)、ザーレ(レバノン)、フロリアノポリス、ベレン(ブラジル)、鶴岡市(日本)、ベルゲン(ノルウェー)ブルゴス、デニア(スペイン)、エンセナーダ(メキシコ)、ガジアンテプ(トルコ)、パルマ(イタリア)、プーケット(タイ)、ラシュト(イラン)、ツーソン(アメリカ)、アルバ(イタリア)、ブエナベントゥラ(コロンビア)、コチャバンバ(ボリビア)、ハタイ県(トルコ)、マカオ(中国)、パナマシティ(パナマ)、パラチー(ブラジル)、サンアントニオ(米国)、アフィヨンカラヒサール (トルコ)、アレキパ (ペルー)、ベロオリゾンテ (ブラジル)、ベンディゴ (オーストラリア)、ベルガモ (イタリア)、ハイデラバード (インド)、メリダ (メキシコ)、ヘルマナス (南アフリカ)、ポルトビエホ (エクアドル)、揚州市 (中国)

文部科学省

なお、この「世界のクリエイティブな都市を結ぶネットワーク」というプロジェクトの趣旨は、各ジャンルで「クリエイティブ」と認められた諸都市の間の交流をはかり、そのクリエィビティのさらなる深化を促進する、ということのようだ。

UNESCO公式の2分動画でイメージをつかめるかも。

もっと詳しく(てか正確に)知りたい方はUCCN MISSION STATEMENT(pdf、英語)をご一読あれ。

なんでオデッサが「文学都市」なのか

さて、話を戻そう。なんでオデッサが文学都市なのか? オデッサはUNESCOが認めるほどの「文学都市」なのか?

オデッサの「文学都市」認定は2019年10月末(つい最近!)。直後に市当局が出した声明を見よう。

オデッサは昔も今もウクライナの文化首都である。

オデッサ市庁

こういう言い方はたしかにある。政治経済の中心は首都キエフだが、我がオデッサは文化の中心地である、いわば「文化首都である」と。

「文学の都オデッサ」を形作ったのは、オデッサに生まれ、あるいはオデッサに住んだ作家たちであり、また、オデッサを描いた多くの文学作品である。

オデッサ市庁

なるほど、オデッサにゆかりのある作家とか、オデッサを描いた多くの文学作品というのがあるのだな。

オデッサにゆかりのある小説家・詩人は300を超える。たとえばニコライ・ゴーゴリ、アレクサンドル・プーシキン、マーク・トウェイン、アントン・チェーホフ、アンナ・アフマートワ、イサアク・バーベリ、ワレンチン・カターエフ、ユーリイ・オレーシャ、イリイ・イリフ及びエヴゲーニイ・ペトロフ、コルネイ・チュコフスキー……

オデッサ市庁

他にもいろいろ名前が挙がっているが自分にぴんと来ないのは外した。

まずゴーゴリだが、たしかにはい、晩年の一時期住んでいて、住んでた家も現存する。みじめな状態だが。以前これについて記事を書いた→半壊の「ゴーゴリの家」

次にプーシキン。ロシア文学の至宝。オデッサに13か月住んだ。さすがにミュージアムもあり、いいとこに銅像も立っている(本記事サムネ)。

マーク・トウェインは驚いた。トム・ソーヤですよね。アメリカ人? でも意外な人が家系図を遡るとオデッサに関わってたりするので(文学を離れると、たとえばレオナルド・ディカプリオのばあちゃんがオデッサの人だという話)、なくもない話かと思う。

チェーホフ。うーん、オデッサ来たんだっけ? ヤルタはお隣のクリミアだが……。少なくともミュージアムは市内に存在しないし、銅像もないし、その名を冠した通りもない(あるのか?)

アフマートワも意外だった。少なくとも市内に目立った痕跡はない。来たのか? あるいは単に作品の中で描いたのか、オデッサを?

ここまでが「世界文学」レベルの作家・詩人。

バーベリ、カターエフ、オレーシャ、イリフ&ペトロフ、このあたりははっきりオデッサの人だ。ローカル文士、ただし全ソ(ロ)レベルの作家。日本語にもわりと訳されているという話、うちの親父もカターエフは知っていた。

チュコフスキーはオデッサにわりと長い間住んでいた。旧居が何丘のすまいの近くにある。だが、その旧居が面する通りはチュコフスキー通りという名でない。彫像もないし、このクラスの作家としては不可解なほど、アピられてない気がする。


さて、過去にこういう作家たちがオデッサに住んだりオデッサを描いたりしていたことは分かった。では現代は? 現代でもちゃんとオデッサは文学的な都市なのか?

毎年内外から作家・出版人を招いて国際ブックフェス「緑の波」ならびに国際「コルネイチュコフスキー児童文学フェス」を開いている。

オデッサ市庁

なるほど、こういう国際的な文学イベントが行われているのか。

外国人二三人参加するとすぐ「国際」とか謳いだすから注意が必要だが、公式サイトを見た感じ、「緑の波」はかなり大がかりな感じだ。オーサートークやシンポジウムを伴う大規模書籍見本市。初年は96年。2020年は8月上旬開催。
その児童書部門を特にチュコフスキー児童文学フェスと銘打っているいるようだ(公式サイト)。

こういうイベントが行われているほか、

・プーシキン文学館はじめ数館の文学館
・数館の学術図書館
・文学書を刊行する出版社

こうしたものの存在が「文学都市オデッサ」の根拠になっているようだ。

「文学都市」オデッサの未来

横綱級を含む多くの文学者がゆかりをもち、現代でも国際的なブックフェスが開かれるなど、なるほど世界に(現時点で)38しかない「文学都市」の一角を占める資格はありそうに思う。

ただ、せっかく得た「文学都市」のステータスを、オデッサは活用できているか? そこいくと、「あんま活用できてないんじゃないか」というのが住んでる私の印象だ。

住民に浸透してない

げんに私も妻も、例の近所の図書館で張り紙を見るまで、「文学都市」という概念すら知らなかった。ローカルメディアであるTIMERを毎日見ている義父母も全く同様だった。行政はしかるべくメディアキャンペーンを張ったのだろうか。

時節柄、仕掛けが打てないのは仕方ない

UNESCOのこのプロジェクトの趣旨のひとつは、同じように認定された世界の他の都市と、その分野で交流し、ベストプラクティスを共有することだったはず。
でも、19年10月に認定されたあと、20年1月にはコロナが世界に広がっているから、その方面で動きが見られなかったのは仕方ない、か。

それでも特設サイトくらい作れたのではないか

たとえば「映画都市」に認定されている山形市はこんな素敵な特設サイトを設けている。

ユネスコ創造都市やまがた

「音楽都市」浜松にも特設サイト。

創造都市・浜松

「食文化都市」鶴岡にも特設サイト。

ユネスコ食文化創造都市

こういうことをオデッサもやったらよい。

現状、ロシア語で「オデッサ ユネスコ 文学都市」等と調べても、2019年10月の「オデッサがユネスコの文学都市に認定されました」のニュースくらいしか出てこない。

オデッサにゆかりの古今の文人の紹介、オデッサが文学作品の中にどのように描かれたかの紹介、またオデッサ市内にある文学関連のミュージアムや記念碑、文学的「聖地」のマップ。そうした情報がまとまったポータルサイト・・理想的にはドストエフスキー生誕200周年記念サイト(露語)のようなヴィジュアル充実のサイトを作ってくれないものだろうか。

そうしたことを通じて「文学都市オデッサ」を周知し、一方では市民が誇りを感じて本をよく読むようになり、他方では市外からの文学ツーリズムを呼び込めるといいね。

まとめ

◆オデッサは、「世界のクリエイティブな都市を結ぶネットワーク」というUNESCOのプログラムの中で、「文学都市」に認定されている。

◆2021年1月現在、「クリエイティブな都市」に認定されてるのは、世界246都市。うち、「文学都市」は38。

◆オデッサの認定理由は、ロシア文学のスターが多数オデッサにゆかりを持っていること、また、国際的なブックフェスが行われていること等。

◆しかし、認定されたから何だというのか。
それをテコに観光客を増やすとか、市民の読書を奨励するとか、同様に「文学都市」に認定された他の都市と組んで何かキャンペーン張るとか、いろいろ仕掛けてほしいが、まぁコロナが一段落したらかな。



参考:創造都市ネットワーク(Wikipedia)
   UNESCO Creative Cities Network(英語)

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