何丘の住むウクライナのオデッサという街は黒海沿岸のビーチリゾートで、夏こそがそのベストシーズンであると言われる。だが夏のオデッサについては色々よくないうわさもある。
2つのニュース
ローカルメディアTimerに先日あいついで、夏のオデッサを「観光」という観点から批判している記事が載った。
人気インスタグラマー「俗悪でボロボロの街」
キエフ在住のインスタグラマーYanGoという人(フォロワー320万人!)がオデッサを訪れて、その印象をインスタにつづった。それによると「最悪だった。人多すぎ、物価高すぎ、サービス悪すぎ」。
00年代で発展を止めてしまったような街。車道はボロボロ、歩道もボロボロ。都市景観の統一が全くとれていなく、もろもろ無趣味すぎ。俗悪すぎ。
Timer
んで批判の矛先は行政当局に向く。「市当局は恥を知るべき。オデッサは経済的にめちゃめちゃ恵まれてる街。お金がきちんと使われていれば、それこそバルセロナに匹敵するような立派なリゾートになれるはずなのに」
リヴィウ市長「コーヒーが不味い」
リヴィウ市長アンドレイ・サドーヴイ氏がオデッサの地方TVのインタビューに答えて「オデッサは観光客に値段をふっかけすぎる」と述べた。
もっとにこやかに。かつ価格を下げる。お宅はEUの物価高めの国くらい高い。うち(リヴィウ)も大概だが、お宅との相違点をいうと、うちは年間通じて観光客が来るが、お宅は正直、夏だけだ。でその短い書き入れ時に一年分稼ごうとするから無理なことになる。
Timer
するとどうなるかというと、せっかく一度来た客も、二度目来ようとはあまり思わなくなってしまう。お隣にブルガリアやクロアチアやトルコがあって、そっちのほうが値段も安ければサービスもいいとなれば、なおさらだ。
リヴィウ市長は返す刀でオデッサのコーヒーのクオリティも斬る。「お宅はアラビカをロブスタとブレンドしてるとこが多いけどあれダメだよ。アラビカ100%じゃないと」
※西ウクライナの街リヴィウはコーヒーの街として知られる。
論点整理
インスタグラマーとリヴィウ市長の批判をまとめると、夏のオデッサは・・
・人が多い
・物価が高い
・サービスが悪い
・道がボロボロ(夏?)
・ポテンシャルはバルセロナに匹敵
・コーヒーがまずい
それぞれの点に在住2年の何丘がコメントしてく。
人が多い
夏のオデッサは人が多いというのは本当だ。市外から多くの人が訪れる。説明のために地図を。
あえてモスクワまで入るように切り抜いた。赤ピンの場所がオデッサだ。
まず、ウクライナ人やロシア人は北方の民なので(オデッサでさえ稚内より緯度が高い)、基本的に「あたたかいところ」と「たいようのひかり」に常に飢えている。だから夏の休暇の典型的な過ごし方として、一家こぞって南の海にやってきて、そこで2週間くらい過ごす。これは帝政時代からソ連時代、さらに現代ロシア・ウクライナまでを貫く伝統で、文学だの映画だのに「ひと夏をオデッサで過ごす」みたいな描写を無数に発見できる。
黒海北岸で人気を2分していたのはオデッサとクリミア(↑黒海に大きく張り出してる半島)であった。
だが2014年のクリミア併合・露ウ関係悪化で、人の流れに2つの大きな変化があった。⑴オデッサにロシア人が来なくなった。⑵クリミアにウクライナ人が行かなくなった。
⑴は夏のオデッサの人の多さを軽減するものだ。だが⑵によって、ウクライナ国内の人の流れは、むしろオデッサに集中することになった。
これに2020年のコロナ禍が加わって、それまではトルコだのモンテネグロだのにバカンスに行っていた富裕層もオデッサくらいしか行き場所がなくなり、観光客の飽和に拍車をかけた。
とはいうものの
以上は一般論だが、日本人はけっこう混雑への耐性が高いと思うので、夏のオデッサ旅行を考えてる日本人に対して「人すごいからやめときな」と言うほどでは、ないかな。うん、私は言わない。
物価が高い
人気の観光地は物価が高くなる道理だ。有限の室数と席数を多くの人で取り合うのだから価格の上昇圧が生じるのは分かり切った話。オデッサもその例にもれない・・という。
実際どうなんだろう。よく知らない。(オイ!
というのも、あんま観光一等地みたいなとこで飲食とか、ましてや宿泊などしないので。てかぶっちゃけてしまうと、夏期は最狭義のオデッサに居住すらしていない。うちの一家は夏になるとむしろ人の流れに逆行して、拠点を街から団地へそしてダーチャへと移してしまう。(⇒「ウクライナ移住2年の住まい遍歴」)
自分たちの体験で確実に知ってることでいうと、夏家賃の話ならできる。私たちが夏場街に住まない理由の一つが、まさにこの夏家賃なんである。
「夏家賃」の話
日本だと家賃が季節によって変動することなどまずないと思うが、オデッサでは「夏家賃」と「冬家賃」が分けられている。通年で借りてる人は、夏は冬より多く払う。
なんで夏家賃みたいなものがあるかというと、大家としては、夏場は自分が持ってるアパートの一室を短期滞在者に高値で日貸ししてしまいたい(その方がもうかる)。その機会費用の分、冬から継続して居住したい人に対して、家賃を上乗せすることは正当とされているのである。
私たち自身のケースだと、秋から春にかけての6か月、海辺のアパートに300ドル/月で住まわせてもらった。で、契約満了の頃、「もし夏も継続して住み続けたいならば、400ドル/月でどうだろう」と大家から打診され(もともと契約の時点で、夏になると料金を引き上げたいと思ってるよ、だからひとまず半年契約だよ、とは言われていた)、私たちは他の事情もあり丁重にこれを断った。
日本人の財力を考えると・・
いまの話をきいて、「え、家賃300ドルって・・3万円?」「それってめっちゃ安くない?」みたいに思われた人。「3万円が、4万円に?・・けっきょく安くない?」
ふつうの反応かと思う。けっきょく物価うんぬんの話は、キエフ在住のインスタグラマーだのリヴィウ市長だのの言うことで、普通に働いてる日本人の財力からしたら、高いといっても知れたものだ。
だから夏のオデッサ旅行を計画してる日本人に対して「物価が高いからやめときな」とも、私は別に言わない。
サービスが悪い
ふだん暇なのに慣れている人が急に忙しくなると優しさというものを失いがちである。常に忙しい人こそ忙しさの中でそれでも優しくあることを努力して習得していくのだ。
バイトの女の子の胸中――黙っていたって客は来る、この上なんの営業努力が必要か。少しは愛想を悪くして悪評の一つもたってもらい、それで客足が遠のくなら結構だ、店の利益にはならないかもしれないが、私がその分ラクになるから(私の給料は変わらないのだし)。
みたいに想像はできる。だがこれも実体験としては知らない。夏場とくにサービスが悪いな、とか思った覚えはない。
これもやっぱり、キエフとかリヴィウの人の言うことだ。「宇宙一の接客」(©しーまん)で有名な日本の人からしたら、冬のキエフも夏のオデッサも五十歩百歩だと思う。
道がボロボロ
これは夏に限ったことではないが、オデッサの道路はボロボロである。キエフやリヴィウと比べてもそうだと思う(何丘は両都市を訪れたことあり)。
ボロボロというのは具体的には、至るところひび割れていて、窪み(穴)ができていて、走行・歩行に支障をきたす。ちょっとの雨で街中水たまりだらけになる。
先日も前私たちが住んでたあたりに何かの拍子に大きな穴があいていた。
なんでこういうことになるかというと、一つには、アスファルトの質が低いのである。オデッサの舗道を歩く人は足元を注意して見るがいい、貝殻が夥しく混じっているから。このへんは石灰石がとれるのだが細かい貝殻まじりで均質でない。この均質ということ、あと粒が小さいということが良質なアスファルトの条件なのだ。て「ブラタモリ」で言ってた。
また一つには、インスタグラマーYanGoが言ってるように、「お金がきちんと使われていない」。YanGoはこの表現(если бы деньги не шли мимо..)で、暗に道路行政当局者および業者の公金横領のことを言っている。
たとえば道路の補修に年間これこれの予算が組まれている。それがその通り使われれば道路は理想的な状態を回復するはずなのだが、実際には相当な割合が抜き取られて担当者のポケットに入ってしまい、残りのお金で粗悪な工事が行われるものだから、すぐにまたひび割れてしまう。それで道路はいつまでたっても一向によくならないのである。
証拠のある話ではない。だが、これは市民の共通了解である。疑うなら試しにタクシーの運ちゃんにでも聞いてごらん、「道路やけにボロボロなの何でですか」と。絶対いま私が言ったような話するから。
バルセロナの出来損ない?
YanGoいわく「お金がきちんと使われてさえいれば」オデッサはバルセロナになることもできた。またリヴィウ市長も、オデッサの好敵手に同じ黒海を囲むブルガリアやトルコなどを数えている。こうした国際比較について。
まず、バルセロナとオデッサを比べるのはさすがに酷だ。何丘スカウターで見て(一応バルセロナには行ったことがあり)彼我の開きは10倍じゃきかない。そのうえオデッサが「00年代で発展を止め」ている間にもバルセロナはなお進化を続けているのである。
だからバルセロナとは比べない。より地味な相手に目を向ける。そうさな、「誰が黒海の覇者か」トーナメントを考えてみよう。エントリーは6か国、ウクライナから反時計回りにルーマニア、ブルガリア、トルコ、グルジア、ロシアだ。
地図で見ると、名の通った街としては、トルコのイスタンブール、ロシアのソチ(2014年ソチ冬季五輪の)、あとはクリミアのセヴァストーポリくらいか。ソチの並びのゲレンジークはナヴァーリヌィがすっぱぬいたプーチン大宮殿の立つ地だがそれは置いといて。興味ある人はこちらの記事でも読んでいただくこととして。
イスタンブールには勝てそうもない、ソチはどうだろうか、夏の観光地としての魅力をオデッサと競った場合に、たとえばセヴァストーポリには勝てるだろうか。
ところへ先日、旅番組Орёл и Решкаでグルジアのバトゥミの回を見て、衝撃を受けた。
↑ロシア語コンテンツで恐縮だが、ちょいちょい飛ばし見してみてほしい。
私たちは正直、見て呆然として、そのあと憤りにかられた。グルジア……小国だろ?そら首都のトビリシとか古い街で、またワインとかシャシリクとかおいしくて、ピロスマニとか文化があって、山がちで魅力ある自然美の国だとは思ってたけど、バトゥミだよ?臨海の一地方都市だよ?それなのに……なんて綺麗で、魅力的で、発展してるんだ!
この思わぬ伏兵の出現で、私たちはすっかり自信を失ってしまった。もしかしたら環黒海の諸都市の中で、オデッサは一番イケてない街なんじゃないのかと。これだけネームバリューがあり、実際19世紀末には広大なロシア帝国で第4の都市(サンクトペテルブルグ、モスクワ、ワルシャワに次ぐ)にまで上り詰めたにも関わらず、その後すっかり零落して、今や上の地図に名前が表示されているどの都市よりも冴えないことになっているのではないかと。
実際、今回は深入りしないどくが、オデッサでボロボロなのは道路だけではない。・・そんならせめて、せめて、愛想をよくしろよ。値段を下げてサービスをよくしろよ。まともな道路を敷いて、せめて気持ちよくひと夏の休暇を過ごせる街にしろよ。と思う。
コーヒーが不味い
「オデッサのコーヒーは不味い」とするリヴィウ市長の批判は正当か。
どうかな。おすすめの喫茶店とかはあるけど。本筋から外れる気がするが、3軒ほど紹介してみようか。
①レトロ喫茶「ジェト」
店内アンティークいっぱいで雰囲気がいい。夏場は各種のコーヒーカクテル(ノンアルコール)もおいしい。ケーキもあります。
住所:Маяковского переулок, д. 1 ул. Гаванная, Одесса
②シュトルーデル屋さん
ここのカプチーノがやけに美味くて愛飲していた。シュトルーデルも甘いものからしょっぱい系まで色々あるので、ここで買って海へ降りて浜で食うのがおすすめ。
住所:Французский бульвар 11
店舗複数あり、「Штрудель Одесса」で検索
③リヴィウ・ハンドメイド・チョコ
ウクライナのコーヒー首都リヴィウの人気店がオデッサに出店したもの。リヴィウ市長もさすがにここのコーヒーにはケチがつけられまい。
住所:дерибасовская 31
リヴィウ市長の批判は・・
結論。美味しいコーヒーを出す店はオデッサにもふつうにある。そもそもコーヒーうんぬんは、ことのついでに自分の街を宣伝するリヴィウ市長のポジショントークだっただろう。
ところでリヴィウは美しい街である。ちょうどこないだ訪れた。同じウクライナとは思えないくらい、歴史や文化が大事にされていて、道や建物は状態がよく、観光客にとって気持ちのいい魅力のある街にしようという努力のあとが至る所に見られた。そのうえコーヒーもうまいとくれば、いよいよオデッサは海しかないなと思った。
そうだ、それでもオデッサには海がある。
海
というわけで、インスタグラマーとリヴィウ市長の批判的コメントを検討し尽くしたあげくに、かんじんの海について、夏のオデッサの最大最強そしてもしかしたら唯一のセールスポイントである海について、その魅力(のなさ)を明らかにしたい。
オデッサの海のいいところ
正直海なし県の出でこれまで海水浴というものに特別注意を払ってこなかった何丘には他と比べてここがこうということが言いにくいが、それでもこのくらいのことは言えるかなと思う、すなわち
・ビーチがいっぱいある
・フリーダムな感じ
・レストランのテラス席
ビーチがいっぱいある
ひとつづきの大きいビーチというものがなくそれはそれで短所なのだと思うが、逆に中小規模のビーチがながーい海岸線にそってぽつぽつ幾つもあって、それぞれ若干だが趣きが異なっている。岩っぽいところもあれば、白砂のところ、貝殻の多いところ。ヌーディストビーチもある。
他にも一帯には水族館があり遊園地がありクラブがあり、それらをひっくるめて一大テーマパークと見れば、その広さは相当なものになる。
フリーダムな感じ
夏、この街はドレスコードを失う。こんな格好で出歩くのはちょっとという格好で出歩いていいし、昼からビールを飲んで構わない。ビーチの裸族は街にも若干浸み出している。
長めの休暇をただ何もしないことをしに来ている人らの群れなので、実にだらしなくのんびりしている。少々デカダンな感じだ。
レストランのテラス席
海沿いにレストランがいっぱいあって、そのテラス席で海を見ながらビールを飲んで貝を食べたりするのは気持ちがいい。
オデッサの海のダメなところ
水が汚い。
「ただの沼やん」
まず海藻の繁茂の問題がある。夏場の高水温で岸辺近くがもわっと藻で覆われる。あまり気持ちのいいものではない。ローカルメディアTimerが7/10付けニュースで人気のアルカディアビーチを訪れたハリコフ市民の「ただの沼やん」という名言を伝えている。
雨が降る→水質悪化で遊泳禁止
海藻だけなら気持ち悪いわで済むのだが、まとまった雨が降ると街から有毒物質を含む汚い水がわっと海に流れ込んで一気に水質が悪化、遊泳禁止令が出ることがある。直近だと7/22にその状態になった。Timerの7/23付けニュースが伝えている。
遊泳禁止令が出るといって、何もビーチに立て札が立つとか拡声器で注意喚起とか、そういうことは行われない。自分で情報をとれなかった人は知らずに毒の海に入っていくことになる。
オデッサの海の正しい楽しみ方
だが、知ってさえいればオデッサの海は楽しめる。4つのアドバイス。
①毒の海を避ける
毒の海とはいうが、常時そうなわけではない。大雨が降ったあとにそうなる。水質について、Timerあたりで情報をとっておくことだ。ロシア語できない人(ふつうの人)は何丘のTwitterにDMくれれば旅行期間中に何か異変があった場合にお伝えする。
②海藻を避ける
岸辺の海藻は不快なものだが、突堤の先から海に入れば避けられる。多くの場合、藻は波打ち際に集中していて、突堤の先までは広がっていない。ニョキニョキ生えた突堤はそのためのものと理解している。
③市外へ出る
本当にきれいな海を求めるならオデッサ市外に出た方がよい。(オデッサ州内ではある)
↑赤線で囲まれたのがオデッサ市。これを出て、地図左端のZatoka、上端のKobleveあたりまでいけばきれいな海がある。ただし車を借りることになる。
④浜に寝そべり足るを知る
そもそも海で「泳ぐ」ことにフォーカスしない。海は外から見ているだけで十分きもちのいいものだ。浜でくつろぐ。足を水にひたす。そのくらいのことなら、街の浜でも、少々水質が悪化していても、十分できる。
以上。
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