食器洗いに洗剤は必要でしょうか|人生の見直し

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これは冗談でなく本当の話なのだが「今から何が可能だろうか」と呟きながらよく食器を洗っている。

ところで、「私は食器を洗う」ということを、ちゃんと正しくできているのか?

まずはそのあたりからきちんとできなければまずいのではないか。

「今から何が可能か」と「皿洗い」の関係

いったい私は何で、食器を洗うとき「今から何が可能か」などと独り言を言っているのか。

私は普段、日中やるべきことを何もやらず、ただソシャゲをやったりYouTube見たりして消日している。

だがときに、消日のさ中に、覚醒の瞬間が訪れる。このままではいけない、何かをしなければいけない、何かやるべきこと、せめて何か他人のためになるようなこと。

そうして私は台所に向かうのである。大抵そこには水に浸けられた食器がある。少なくともそれらを片すことは確実に有用なことだ。ガチャガチャ洗いながら「今もう15時だ。今から何が可能だろうか」と憑かれたように呟いている……というわけなのだ。

洗剤不要説(仮説AおよびB)

しかしもし、私がきちんと正しいしかたで食器を洗えていなく、私の皿洗いが無用さらには有害であるとしたらどうであろう。

少なくともこれら目の前の食器を洗うことは確実に有意味なことだ、ハタの者をラクにする(ハタラク)ことだ、と思って私は……つまり「有意義な生を開始する」皮切りとして皿洗いを……いわば踏切板として活用しているつもりなのだが、そこにすでに錯誤が含まれているとしたら?

仮説A:パスタ茹でたあとの鍋に洗剤は使わなくてよい

たとえば私はパスタを茹でた後の鍋を思考停止で洗剤もて洗うのであるが。

洗剤とはそも何のためのものなのか?
私の曖昧な知識によれば、洗剤は(ついでに言えばシャンプーも)界面活性剤と呼ばれるもので、界面とは油の界と水の界、ふたつの界の境界面である。この境界面を活性化?することにより、本来交わらない(交わらないものをたとえて水と油というように)水と油が、ある種、まざる。混ざる。そのことによってどういういいことがあるかというと、どういうからくりでそうなるのかは私には分からないのであるが、要するに油汚れが、落ちる。落ちるとみんなえがおになる。

要するに何かというと、洗剤とは油汚れを落とすためのものなのである。であれば、であるが、油を使っていないものを洗うのに洗剤は必要ないはずだ。従って、パスタを茹でたあとの鍋だの、炊飯器の内釜だのは、洗剤で洗わなくてよい。ただスポンジでごしごし水洗いするだけで十分。ということになる。

実際この点、どうなのだろうか? 感覚としては、正直、パスタ茹でた後の鍋とかは何となく洗剤使いたくなるのであるが。トマトやきゅうりを切っただけの包丁・まな板くらいならただ水で洗えばいいというのは分かるのだが。

仮説B:らばしき焼いたあとのフライパンは洗わなくてよい

たとえ油で汚れたものであっても、必ずしも洗剤を使わなくていいのではないか、というのもかねてからの疑問である。

私は朝食にらばしき(лаваш)というものを食べる。トルティーヤ?みたいなやつ。バター又はひまわり油で焼いて食う。その食った後のフライパンを義母はしばしば洗わないで次の料理に使い回すのであるが、考えると、実際それでなんでいけないか?

トマトパスタを作った後のフライパンは赤汚れしてるのでさすがに洗いたい。だが、それもどうなんだろう。洗剤使ってキレイピカピカにする必要があるか?水(なんならお湯)で油を浮かしてティッシュでふき取るだけで見た目そうとうキレイなのだが、それだけではいけないのか?

①「食器 洗い方」で調べてみる

グーグルで「食器 洗い方」で調べてみた。結果をすぐ言ってしまうと、私の知りたいことドンピシャリは知ることができなかった。

表示された順に10ページ見たが、うち2つがLIONの自社製品(食器用洗剤)のPRを兼ねたページだった。洗剤売ってる会社が「洗剤べつに必要ない」「そもそも皿洗いそんなにしなくていい」とか言うわけない。
残りの大半が私の嫌いなSEO臭いサイトで、同一の内容を相互にパクり合ってるだけなので何ページ見ても全くこちらの情報量が増えていかない。

要するに、セールストークと道聴塗説しか見つからなかった。本当に日本のインターネットは貧しいな。

それでも一応いくつか学びがあったので以下メモしておく。主にLIONのサイトから。

⑴スポンジを泡立たせてから洗う

手のひらにスポンジ載せますでしょ。スポンジに洗剤垂らしますでしょ。そしたら「きゅ。きゅ。きゅ。きゅ。きゅ。」と5回スポンジを(おっぱいを揉む要領で)揉む。

すると「スポンジの全面積に洗剤の泡が行き渡」り、洗いの効率がよくなるのだそうだ。

⑵「洗う」とは「食器の全面積をスポンジで触る」こと

スポンジがよく泡立っていさえすれば、食器のあらゆる場所を、つまり食器を人体にたとえると、へその穴、あしゆびの間、パイ裏・チン先に至るまで、全ての場所を二周くらい巡回すればもうOK(洗いは完了)ということらしい。

⑶最後に「スポンジ自体を洗う」

「スポンジを使った後は、食器用洗剤をもみ込み、スポンジ自体を洗いましょう」だそうだ。おやおや、私は洗剤の使用量は減らせるのではないかと思って調べはじめたのに、結果今より多く使うことになるのか?

「雑菌の繁殖」でた。みんなそういう。「さもないと、雑菌が繁殖しますよ」。そうなのかもしれないけどさぁ、こちとらこれまでそんなことせずとも特にハラも壊さずやってこれてんすよぉ、お宅さん洗剤作ってる会社でしょぉ?

⑷「洗っている私」は透明である

前掲LIONサイトによると、皿を洗うタイミングは「妻が風呂に入っているときや子どもの面倒を見ているときなど、見ていない間にサッと片づけておくと、とても喜ばれます」だそうだ。

しかしここには瞞着がある気がする。皿を洗ったのは私なのだが、洗っている私の姿は妻に見えていないので、「私が・洗った」という事実のうち、「私」も「洗った」も妻はscarcely認識する。するとどうなるか。
①「私」が透明なので、私(洗った私。透明人間)に対して別に感謝を感じない
②「洗った」が透明なので、皿が洗われた、という事象にそもそも気づかない
③ただ、洗われていない皿(これから自分が洗わなければならない皿の山)が目の前にあるという不快感だけがない

つまり、妻は別に喜ばない。夫は何も得しない。かみさまがいねむりしているさいちゅう、世界の遠い片隅で、妻の未来の面倒・労苦の夫による除去が、ひっそりと行われた。それだけ。

LIONサイトの当該記述は当然、女性たちの意見を参考にしているのだろうが、ここには世の女性たちの酷薄さが透けている気がする。いわく、夫たち、食器洗いをせよ、ただし、そのことによって、私たち女房衆に、お前たちに対して感謝などさせるな、わざわざお前たちに対して感謝しなければならない口実を私たちに与えるな、ただ無記名に無痕跡に、私たちにとっての不快だけを除去せよ。皿洗い行為に対して「私は皿を洗いました」などと記名するな。その記名をこそ皿洗え。そこまでしてから台所を立ち去れ。

……しかし私は、そこまで酷薄なことを夫に要求する権利が妻にはあると思うので、まさにこのようにことを行おうと思う。つまり、妻がシャワー浴びてる間、妻が太郎を担当している間に、私がノンアピ(ノンアピール)で皿洗っとくよ。

⑸酷使した後のフライパンはローションで洗う

ローションで洗うというのは要するにやさしく洗いなさいという譬えである。激しくもの焼いたあとの赤熱した(※誇張)フライパンを、水で急冷しない。じゅーと激しく蒸気があがるような急冷を。さもなくないと、つまり急冷しちゃうと、「加工がはがれやすくなる」のだそうだ。

⑹「カトラリー」て何だ!?

新しくひとつ言葉を覚えた。すぴーん、ふぉろろーく、ないふ、この3種を総称してカトラリー(cutlery)というのだそうだ。ロシア語でстоловые приборы。

たしかに考えてみるとすぴーんとフォークとナイフを総称できる言い方は日本語にはなかった。存在しない。「食卓用金物」?それで伝わると思いますか馬鹿?

だがまた考えてみると、そも、そんな言い方など必要ではなかった(今も必要ではない)。私の育った家庭ではナイフなど食卓で使うことは皆無であって、肉塊などは台所できちんと一口サイズに切り分けられて供された。多分そもそも食卓用のナイフなどうちには存在しなかった。けだし多くの日本の家庭でそうであろう。さらにいうと、フォークというものも幼少年時ほとんど使った記憶がない。パスタも箸で食っていた。実際、パスタさえ箸で食う家庭で、あと一体なににフォークを使うという?

カレーやシチューはスプーンで食っていた。箸とスプーン。箸は箸であり、スプーンはスプーンである。「総称」する必要などどこにもなかった。

だから正直「カトラリー」というカタカナ語には「しゃらくさい」ちう感じがします。

②YouTubeで「食器の洗い方」見てみる

調査をつづけよう。

グーグル検索では会社だの組織だのによるゴリ押しと受け売りしか見つからなかったから、もっと地に足の着いた声を探しにYouTubeを渉猟しよう。

「皿 洗い方」で調べてみる……

……表示された順に、上から10件ほど見てみたが……

学びは皆無であった。

一応ひとつくらい一緒に見てみましょうか。

やはりポイントは、予め①油汚れを拭き取り②スポンジをよく泡立てておく、ということだ。

いろいろ動画を見てみた上で、突っ込みとしては、まず、油汚れを拭き取るのは、ティッシュペーパーでは何故いけないか? 皆キッチンペーパーだの新聞だの言うのであるが。
特に上掲動画、「中日新聞デジタル編集部」による子供むけのコンテンツだが、「新聞の折りたたみかた」など大人もしないようなこと言って工程を煩雑にするのはどうだろう。いかにも面倒くさそうで、子供たちの「やってみよう」の心を殺がないか。ティッシュ一枚シュッ抜いてパッ拭って瞬殺、のほうが余程いいプレゼンテーションだと思うが。
新聞社だから新聞紙を強調した、ということだろうか。でもそりゃ悪手じゃろ蟻?新聞をこんなふうに使うのは不教育ではないか。つまり、新聞はチリ紙である(読んで知恵つけるものではない、知恵はたらかせて二次利用するものである)という主婦的(失礼)価値感を植え付けてしまわないか?それは新聞社として自己矛盾ではないか?

それから、いくつかの動画でも言われているが、洗剤の本質は界面活性剤である。油汚れを水に流すためのものなのだ。なら、改めて問うが、油で汚れていない食器には洗剤を使わないでよくないか? どの動画でも皆うむを言わさずあらゆるアイテムに洗剤を適用している。プロの人(料理人とか)でさえそうだ。だが、ある意味、プロの人ほど信用できないような気もする。そこはそれ、洗剤使わないとまた洗剤警察の人が「この店は食器を洗うに際し洗剤を使い渋っている、不潔だ、けしからん!」などと騒ぎ立てるだろうから、たとえ懐中に「ほんとうの言葉」を忍ばせているとしても、それを言うまい。利益相反というやつである。

初発の問いを繰り返す。本当にそんな洗剤って使う必要ある?

③ヤフー知恵袋とか見てみた

もっとピンポイントに自分の知りたい事に迫ってみようと、グーグルで「食器 洗剤 使う必要」ならびに「フライパン 使い回す」で調べてみた。

このくらいスペスィフィックな質問だとヤフー知恵袋が検索上位に引っ掛かる。中で、こちらのページのやり取りが腑に落ちた。以下その内容。

まず質問者:長年洗剤なしで食器洗ってて特に問題を感じたことなかったが、友人から「不衛生」と言われて心配になった。実際どうな?

これに対し、ある回答者の回答。(全文)

洗剤で滅菌できるとは思っていません。 菌がまったく居ない状態にするなら、すべて消毒(滅菌)しなくてはならず、それは無理ですしそんな必要はまったくありません。 多少の雑菌は存在するのが自然界です。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1047462025

明らかに汚れがあり、それが付着したまま濡れた状態で保存されていたのであれば食中毒の恐れがありますが、汚れを取り除き乾燥したものならまず大丈夫でしょう。 スポンジは他の方も書かれたように、良く洗って乾燥させないと雑菌が繁殖する恐れがあります。 家庭ではその為に食中毒がおこる恐れがあるそうです。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1047462025

洗剤を使えば衛生的と言うのもおかしな事です。 除菌が出来る洗剤を使っているから安心とは限りません。 レストランの皿が見た目に綺麗なら誰も不衛生とは思いませんが、実際はわかりません。 疑ったらきりがなく、安心して生活出来ません。 長年何事も無かったので、そのやり方でいいと思うしか無いと思います。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1047462025

私の琴線に触れたのは次のような言葉だ。「そんな必要はまったくありません」「まず大丈夫でしょう」「そのやり方でいいと思うしか無い」

こうした言葉に触れて、私はひとまず満たされた。「人はしばしばアドバイスを求めるふりして単に自分の現状を肯定してほしがっている」というあれか。済みません、この物語はバッドエンドです。暗愚エンド。私はこれにて一旦調査を終了いたします。

まとめ(私は今後どのように皿を洗うのか)

色々見てみての感想だが、利益相反なく純科学的にこの問題について語っている言葉はインターネット上にはどうやら存在しない。であれば結局、自分が何を信じるかだ。どのような世界観を自分が採用するかだ。これを信じる、と決めて、やってみて問題がなさそうなら、暫定それでいく。

私が暫定これでいくと決めた皿の洗い方(洗剤の使い方)はこうだ。
①皿は、洗うに先立ち、水に浸ける
②油汚れ以外には洗剤は用いない
③油汚れに対しては(見た目キレイでも)洗剤は用いる
④洗剤使用に先立ち、洗剤をスポンジによく揉み込む
⑤洗った後は、皿もスポンジもよく乾燥させる

乾燥を重視する。雑菌のはびこりは「濡れていること」を条件とするようだから。ふきんは使わない(自然乾燥派)が、皿は隙間をあけて縦に並べる。スポンジの方は、使用後洗剤を揉み込んで「洗剤自体を洗う」ようなことはしない。ただ、常時2個出しておいて、交代交代使うことにより、各スポンジが次回使用までに乾燥するようにする。

そして、皿洗いは、なるべく妻の目を盗んでこそっと無記名に行う。

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