2020年7月のロシア憲法改正について改めてまとめる。
日本の報道は一面的だと感じるので、ちょっと捕捉をしたいのと、
あと単に自分用に、考えをまとめておきたい。
※何丘はただの素人情勢ウォッチャーです。法・政治・外交の専門家では全くない。
ロシア憲法改正おさらい1分
7月1日に国民投票が行われ、
賛成78%で承認され(投票率68%)
7月4日に改正憲法が発効した。
日本のメディアは主に2つのポイントで報道していて、
①プーチンの超長期政権が可能になった
②「領土割譲禁止条項」により領土交渉が難航する?
「ロシア国民がプーチン専制を是認した」という理解は短絡的
まず言いたいのは、
ロシア国民は必ずしも改憲を承認することで「プーチン支配に賛意を表した」とは言えないということ。
日本のメディアは「プーチン大統領の超長期続投を可能にする改憲」という点を強調しすぎたきらいがある。
「国民投票で賛成多数=国民がプーチン支配を望んだ」となると、どゆ国やねんどゆ国民やねんという話になるが、何というかロシアの民衆の名誉のために、ちょっと「待った」を唱えたい。
「ポエム」への感傷から賛成票が投じられた
実は今次の改正は、大統領任期以外にも、非常に多くの内容にわたっている。
NHKの解説委員室は次のように整理している。
大きく分けて政治システムの改革とロシアの国家像という二つに分けられます。
「プーチン長期政権の行方は? ロシア改正憲法承認」(時論公論)
前者の「政治システムの改革」の中には、プーチンの任期拡大・権限強化も含まれる。内容の詳細は何丘が以前書いた記事でも見てくれぃ。
いま注目したいのは「ロシアの国家像」の方だ。具体的には、
▼男女間の同盟(ソユーズ)としての結婚を守る、神の尊重、国民福祉の向上
「プーチン長期政権の行方は? ロシア改正憲法承認」(時論公論)
▼領土割譲の禁止 ソビエト連邦の継承国、共通の歴史
あとで詳しく見るが、これらはロシア人の愛国心または自己愛をくすぐる「ポエム」である。
有効投票の8割にも上る賛成票であるが、その多くが「ポエム」への感傷から投じられた(のではないか)、というのが私の付け加えたい観点だ。
「ポエム」実例
たとえば今回の改正で新たに付け加えられた67.1条2~4項。
Российская Федерация, объединенная тысячелетней историей, сохраняя память предков, передавших нам идеалы и веру в Бога, а также преемственность в развитии Российского государства, признает исторически сложившееся государственное единство.
Глава 3, Статья 67.1.2(Ведомостиより)
千年の歴史によって結び付けられたロシア連邦は、我々に理想および神への信仰を伝えた先祖たちの記憶を保ちつつ、同様に、ロシア国家の発展における一貫性を保ちつつ、歴史的に形成された国家の統一を確認する。
私の翻訳のまずさはさておき、まぁ何が言いたいのか分からない文章である。
しかしそれでよいのだ。これはただ「千年の歴史」とか「神への信仰」とか「先祖たち」てワードが踊ればそれでよい、そういうポエムなのだ。
Российская Федерация чтит память защитников Отечества, обеспечивает защиту исторической правды. Умаление значения подвига народа при защите Отечества не допускается.
ロシア連邦は祖国防衛の記憶を尊び、歴史的真実の防衛を保障する。祖国防衛に際する人民の偉業の意義を矮小化することは認められない。
Глава 3, Статья 67.1.3(Ведомостиより)
これはロシア人の心に媚びる「多大な犠牲を払っての第二次世界大戦の勝利」というテーマだ。これもポエムである。
なお、「犠牲と戦勝そして繁栄」という史観は、北方領土返還交渉において極めて重要なファクターだ。ロシアの論理では、それだけ大きな犠牲を払ってやっと守った(勝ち取った)国土なのだから「割譲」などあり得ない、ということなのである。
Дети являются важнейшим приоритетом государственной политики России. Государство создает условия, способствующие всестороннему духовному, нравственному, интеллектуальному и физическому развитию детей, воспитанию в них патриотизма, гражданственности и уважения к старшим.
子供たちはロシアの国家政治の最重要優先事項である。国家は子供たちの全面的な精神・徳性・知性・身体上の発展、並びに彼らの中に愛国心、市民性、年長者への敬意を育てることを可能にする諸条件を作り出す。
Глава 3, Статья 67.1.4(Ведомостиより、最終一行割愛)
こういう条項がふつうの良識あるロシア人を釣り上げるフックとなる。「そうだ子供は大事だ、子供は国家のいしずえだ、未来だ!」んで足取り軽く、投票所へ。
ロシアのメディアは「大統領任期」のことを黙殺した
何丘はウクライナ在住だが、ロシアのTVを見られる環境にある。
今回の憲法改正にもともと強い関心を持っていたので、7/1国民投票の前後には、各局のニュースをかなり見ていた。
その立場から言うが、ロシアのメディアは選挙の前後で、大統領関連の改正点について論及を避けていた。むしろ「ポエム」の部分ばかりが強調されていた。
たとえば国営TV(1 канал)が投票所の出口で「投票を済ませた市民」にマイクを向けるのだが、「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチに長く大統領やってほしいから賛成票入れました!」式のコメントは、断言するが、ゼロであった。ひとつも取り上げられなかった。
気味が悪いほどの黙殺ぶりであった。だからこそ言えると思う。「今回の改正の焦点がプーチンの任期および権限の拡張である」という理解そのものは間違っていない。
この本願の成就が無理筋だったからこそ、あえて200を超える改正点をこしらえ、ポエムで粉飾し、民衆の視野にハレーションを起こさせて、「多少とも愛国心のある普通のロシア人なら賛成票を投じて当然」みたいな空気の中で、改憲を成立させたのだ。
【本章のまとめ】 ・賛成票の相当部分が「ポエム」への感電状態で投じられたと思われる ・今回の憲法改正を考えるときには、7/1の国民投票に向かって、ロシアでどのようなプロパガンダが行われていたかを見なければいけない
「投票に不正があった」という批判は意味がない
ロシアで選挙(投票)が行われて政権に有利な結果が出ると必ず西側……つまり日本を含む欧米が「不正選挙だ!」「二重投票が行われた!」「選挙結果に改竄があった!」と言い立てる。
が、無意味な主張だと思う。やめたら。
そんなことしてやり直し選挙が行われた試しなどない。サッカー選手がタッチラインで自分が最後に触ったのを知っていながら一応手を挙げてマイボールを主張するようなものだ。西側としてはロシアの強権化が嫌なものだから無理を承知で一応「異議」を唱えておくのである。
投票後、ロシアのメディアは「投票がいかに公正に行われたか」を非常に力説していた。国際視察団の賞賛のコメントを紹介する等(「これは新時代のワールドスタンダードになるほど公正透明な国民投票だネ!」)。
ムキになって公正を主張するあたり「逆にあやしい」という感想もむろん生じる。
が、ロシアが何かに秀でているとしたら、(不正)選挙工学よりも政治宣伝工学である、というのが私のロシア観だ。
私は今回の投票率が68%であり賛成が78%であるという中央選管の発表は、そのまま信じる。
コロナ新規感染者が一日一万人を超えている状況で国民7割を動員するような不要不急のイベントを強行したことについてプーチン政権はもっと批難されるべきだと思うが、それはまた別の話である。
北方領土はもうムリかな
冒頭にも動画を掲げたが、あと日本の報道でフィーチャーされてるのは「領土割譲禁止」条項である。67条2.1項。
Российская Федерация обеспечивает защиту своего суверенитета и территориальной целостности. Действия (за исключением делимитации, демаркации, редемаркации государственной границы Российской Федерации с сопредельными государствами), направленные на отчуждение части территории Российской Федерации, а также призывы к таким действиям не допускаются.
Глава 3, Статья 67, 2.1(Ведомостиより)
ロシア連邦は自らの主権および領土一体性の保全を保障する。ロシア連邦の領土の一部を譲渡することを目指した行為(隣接国とのロシア連邦国境の境界画定、境界決定、境界再決定を除く)、並びにかかる行為への呼びかけは許されない。
この条項の追加により北方領土返還交渉は難しくなったという見方があるのだが、実際のところどうなのだろうか。
ロシアのメディアはどう伝えたか
当初何丘は、この条項は普通のロシア人には「クリミアのことを言っている」と受け止められると思っていた。(こんなこと言うと自分の半可通ぶりが露呈しそうだが)
しかし実際には、国民投票前後のテレビ報道で、クリミアへの言及はほとんど見られなかった。
かわりに、改憲確定後、国後のロシア人たちの歓迎のコメントが盛んに映された。
本条項はガッツリ日本がターゲットの条項として受け止められ……少なくとも報道されていることがわかった。
NHKでも報じられている、国後に「領土割譲禁止」の記念碑が設置されたこと、これを受けプーチンが改正憲法を「鉄筋コンクリート」に例えたことも、ロシア側でガッツリ報道されている。
法制も硬化する・世論も硬化する
また7/23にはこんなニュースもあった。
ロシア議会“領土割譲は過激主義”処罰対象とする法改正案可決
NHK NEWS WEB
ロシアの議会は、領土の割譲を過激主義と見なし、処罰の対象とする法律の改正案を可決しました。
「過激主義」という概念があって、何がそれにあたるかは過激主義活動対策法に列挙されているのだが、
- テロ行為およびテロリズムを公然と肯定する行為
- 社会階層・人種・民族・宗教間の対立を煽る行為
たとえばこうした行為を「過激主義」といって、刑事罰の対象としている。
今回新たに「領土割譲ならびに領土割譲を呼びかける行為」が過激主義として認定され、かかる行為をあえてなした者には6-10年の自由剥奪刑が科せられる、ということになった(コメルサントより)。
この法改正は、むろん憲法改正を受けてのものである。
このように法整備は進んでいくし、こうしたことが報道されるたびにロシア国民は「南クリル問題」を思い出し、心的態度を硬化させる。
日本政府はこうした状況をどう見ているか。
ロシア側の動きに対してロシアに駐在する上月大使は16日の記者会見で「関心をもって注視している。領土問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針のもと引き続き粘り強く取り組んでいく」と述べました。
NHK NEWS WEB
いや上月大使、人間の言葉で語ってよ。ロボットかよ。
北方領土、本当にヤバイんじゃないの?
正直、もう詰んだなとしか思えないんだけど?
何丘、外国住まいなんで、今次の憲法改正について佐藤優とか外交当局者が何言ってるか読むすべがないんだが、
とりわけ外務省がマジどう受け止めてるのか聞きたい。国民にきちんと状況を説明しておくれ。
起死回生の妙案ありや?