ロシアとウクライナについて思うこと

オデッサ

ロシアと関わりの深い人生を送っている。んで今、ロシアと戦争状態にあるウクライナに住んでいる。両国に関してはいろいろ思うところがある。それは時とともに変わっていくものだと思うので、とりあえず現在の感じ方・考え方を書き残しておきたい。

一言でいうと、私はロシアを憎悪しており、ウクライナを軽蔑している。一方でロシアを愛しており、ウクライナに同情している。

前置き

簡単に自己紹介しておく。

私はいまウクライナのオデッサという街に住んでいる。これを含めて、ロシア語圏に住んで通算7年になる。さかのぼると、大学でロシア文学を専攻し、以降今日までロシア歴(?)は15年近い。あと、妻はロシア人である。

このかんロシア人とそれなりに交渉を持ち、ロシア社会・ロシア文化にそれなりに浸った。また、それなりにロシアについて本も読んだ。だが私は頭が悪いので、それら一々のことをよく記憶もしてないし、すごく深い考えもない。

この点は強調しておきたい。私はヘンに言葉が巧みなところがあって、ちょっと見ると語彙が豊富でものをよく知ってそうに見えるかも知れないが、騙されないでほしい。浅学で皮相な、人間の言葉を操る猿に過ぎん。それぞれのテーマについてちゃんとした本を読まれたい。

それでも私がロシアとかウクライナとかここに挙げた一連のテーマについて語る資格を身に覚えるのは、私が真率にこれらの問題に心を痛めているからだ。私は自分が知っていることというより、むしろ考えたこと、感じていることを書いた。そういうものとして読んでほしい。

前置きは以上。では。

ロシア

「モスクワは私の第二の青春だった」という言い方を最近思いついて、実にそれだなぁと自ら感じ入った。その青春を踏みにじられたから私はプーチンが許せないのだ。要するに私怨よ。

20代の終わりから30代のはじめにかけての4年半をモスクワで過ごした。前半はほんと楽しかった。あちこち出かけた。友達と、またのちに私の妻となる女性と。「これがロシアか~」である。旺盛な好奇心で、長年座学でのみ知っていたロシアを体感し理解することに努めていた。「ここで自分がいかなるものに変化する可能性も排除しない」とかモットーみたいに言ってたな。

ターニングポイントとなったのは2014年のクリミア併合だ。クリミア及びセヴァストーポリをロシア連邦の構成主体として新たに「編入」する、というプーチンの宣言を私は生中継で見守っていた(そういうものを見るのが私の仕事だった)。クレムリンの大広間、壇上のプーチンが宣言を終えると、そろい踏みした数百人の国会議員が一斉に立ち上がり、拍手しただかウラーと言っただか忘れたが、何しろ全会一致の賛意を示した。その瞬間私はパソコンを叩き閉じて席を立った。馬鹿野郎!!もうロシアなんか嫌いだ!! 死ぬほど怒っていた。

何がそんなに憤ろしかったか。何がそんなに「いきどおロシア」だったか。……その場面が、ロシア語的にいえば、美しくなかった(не красиво)のだ。端的にいって醜悪だった。それは私の主義に反していた。てかそれが私の眠れる「主義」を呼び起こした。

ここで唐突にその名を出すが、大江健三郎はしばしば自らを「戦後民主主義者」と称した。「戦後」の産物としての民主主義者、そう大江は時代の中に自らを位置づけた。ではひるがえって、私も何かそういうのがあるんだろうか。つまり、何か時代の要請として、ひとりでに獲得してしまった何かの主義というものがあって、それにある日覚醒するということがあるんだろうかと。そんなふうに考えたことがあったんですね。

まさにそのことがクリミアの一件で起こったのだ。私は次のように見性(自らの本来の性質を見いだす)した。すなわち、私こそは戦後の反戦教育の申し子で、挙国一致・大政翼賛、要するに全体主義(タタリタリズム)というものを、絶対的に醜悪なものとして退ける。それが小中の教育によって私に血肉化された私の「主義」であった。

マイダン革命以降、ロシアの全体主義化が急速に進んでいった。あるいはロシアのそうした本性が激烈に露呈していった。もともと無理非道な話――武力を背景とした外国領土の一方的併合、明々白々たる国際法蹂躙・国際秩序への挑戦、これを正当化するべく、かねて支配していたマスメディアで大声疾呼のプロパガンダ、攻撃的・排外的レトリック、陰謀論、被害妄想、ロシア・メシアニズム、跳ね上がるプーチン支持率、愛国主義、「緑の小人たち」「礼儀正しき人々」「美しすぎる検事総長」。思い出すだに頭に血がのぼってくる。このようにして私が愛したロシアが、黄金のクーポルが、三色旗が、プーシキンがドストエフスキーが、ドドメ色に塗りこめられていった。

それからなお2年私はモスクワで働いた。かつて愛したものを骨の髄まで憎みぬくための2年間だった。

今はだいぶマシになった。それでも心に決めてることがある。クリミアをウクライナに還さぬ限り、絶対に再びモスクワの土を踏まん。

私がロシアに望むことはシンプルだ。全体主義体制の崩壊。さしあたりはプーチン政権の終焉。自由なメディア、公正な選挙、強い野党。そんなもん日本にだってないぞ? それはそうかも、でも少なくとも日本は全体主義国家ではない(はは!他の何であってもそれでだけはない)。ほどほどの強権、ほどほどの支持率……要するにふつうの国・ロシア。

これは私が勝手に個人的にそう望むのだ。本当はロシアの土壌からツァーリが出てくる必然性というものを考えなくてはならないんだろう、先日ドストエフスキーを読み返してもそう強く感じた。だがそれは学者がやってくれ。私は一人の戦後「反全体主義」主義者として、ロシアであれどの国であれ、それによって全体主義も必然のものとして肯定されるような特異性・例外性・特権性など、絶対に認められないのだ。

(我ながら混乱した記述だと思うが自分の中のキーワードには一通り触れ得ているのでもういい)

ウクライナ

ウクライナに大して思い入れはない。こうして2年以上住んでる国に対してこうも淡泊かなと思うくらい淡泊である。モスクワで出会ったひとりの女性(のちに妻となる人)がウクライナのオデッサの産である、ということには言い知れぬエキゾチシズムを感じた。私にとってウクライナとはゴーゴリであった。ディカーニカ近郷夜話。ヴィイ。そこでは魔法が生きている。

思うにその妻との交際時期の、遠くにありて思っていたウクライナだけが、私が感性で受け止めたウクライナであった。その後私は実地にウクライナというものを知っていって今日に至るわけだが、それらすべては政治・歴史・国際関係の光のもとに、つまりは理知で受け止めた。

つまりはそういうことだ。私はウクライナをロシアというものを基礎にしてしか眺めることができない。いわば14年以降の敵対関係の一方当事者としてしか。これは私の個人史的必然といえる。私はトリコロールのロシア国旗を(それが象徴するロシア国家への嫌悪のために)直視しがたいが、青黄二色のウクライナ国旗ならわりとフラットに眺められる。だがそのとき、その二色旗がただの二色の旗であることは絶えてない、それは常にウクライナ国民統合/国粋主義/愛国主義/反ロシアのシンボルとして目に映じる。

私はとはいえウクライナに甘い。ウクライナのする無理めのことを何から何まで「それも仕方のないことだよな」と(理知で)理解しようと努めている。敵の敵は味方とばかり北方領土は日本なりと急に叫び出したことも(※「戦勝の礎となった父祖たちの永久顕彰」という旧ソ連の統合理念の放棄)、あからさまなロシア語迫害も、なべてロシア的なもの・ソ連的なものの徹底排除も、それは仕方のないことなのだ、近代国家にとって領域を外国に強奪されるということはそれほどのことなのだ、と理解するように極大の努力を払っている。

さらにいうと、オデッサの道路がこんなに質が低くて穴ぼこだらけなのも、文化財の保護が全然間に合っていないのも(過去記事⇒ 半壊のゴーゴリの家)、旧市街の現住建造物(人が現に居住している建物)が老朽化で時折崩落するのも、要するに一般市民の平穏で快適な生存が保障されてないのも歴史遺産の未来への継承という現在世代の責務が果たされていないのも、みんな仕方のないことなのだ、この国はそれどころじゃないのだ、東部二州の平定とクリミア奪還キャンペーンにリソースを集中投下してカツカツなのだから……!

ちなみにその尖兵がたとえば私を(お門違いにも)ロシアによる侵略を支持する者と決めつけて罵倒した駐日ウクライナ大使だ。そのときのTwitter上のやりとりを貼り付けておこうか。

一国の大使(の中の人)が日夜SNSをクロールして露帝シンパと見れば私のようなミジンコにさえ噛みつく、こんな異常に偏頗なリソースの割き方も、理解してやらねばならんのだ。これがウクライナの窮状なのだ、すべてはロシアの蛮行のしからしむるところなのだ。……

と、理解しようと本気で努めている。だが国民の目を内憂から逸らすために外患をことさら強調するのは古今によく行われていることだ。ひとりの生活者としては、げんに山積する現実の課題を処断して国民生活を向上するに能のないこの国の政府を、シンプルに軽蔑している。

クリミア

Автономная Республика Крым на карте

「私のロシアとウクライナ」ここからは各論になる。両国にまつわる重要テーマについて、ごく簡単に思うところを述べていきたい。まずクリミア。

(実は先にクリミアというテーマで2000字ほど書いていたのだが読み返してみると頭の悪いやつが調子こいてベラベラ喋ってるだけだった。全消ししてリスタート。Be humble、お前は専門家ではない、謙虚に簡潔に語れ)

クリミアはウクライナだ

ターミノロジーでいうとロシア視点ではクリミアはロシアに編入(присоединение)された。私はこの視点を共有しない。クリミアはロシアによって併合(аннексия)された。つまり一言で言って、クリミアはウクライナのものだ。

ロシアの立場

ロシア側が外国領土の強奪をどう正当化してるかというと、ウクライナにおける13年末のクーデター(госпереворот)で過激なウクライナ国粋主義者、いわゆるバンデラ主義者(бандеровцы)が政権を掌握したことによって、クリミア半島に多数住むロシア系住民が迫害される懸念が生じた、ところで全世界のロシア系住民の盟主はわがロシア連邦である、だので進駐して保護した、その保護下で「クリミア自治共和国の(ウクライナからの)独立」が宣言された、さらに「クリミア自治共和国のロシア連邦への編入」の是非を問う住民投票が行われた、賛成97%、つまりクリミア市民の97%が「私たちをロシアの一部として迎え入れてください」との意志を示した、ロシアはこれを受け入れる形で「では」と編入した。

んで一度編入したら、今度は内外にその正当性をアピールするために、古来この地はロシアのものだったとかフルシチョフ時代に恣意的な帰属替えがあったとか、いろいろ古い歴史を持ち出してきた。最近もプーチンがそうした趣旨の論文を発表した。(プーチンは著述が好きなので)

ロシアの立場への批判

私はこのロシア側の「正史」を全然共有しない。ポイントは3つある。①クリミアの問題は飽くまでウクライナの内政問題である②保護が理由であったなら保護する理由が消えた時点で撤退すべきだ③91年の露ウ国境画定以前の歴史的経緯を根拠とした領土主張は一切無効である

①は近代主権国家の原理原則の話。A国とB国の国境線の変更はAB双方の合意によってしか変更できない。<B国の一部領域がB国の憲法に反して「独立」を宣言し「A国への編入」という意思の発露を行った>。以上は徹頭徹尾B国内の話だ。その名が言及されたからといって、A国の出てくる余地は全くない。

②人道的介入ということはたしかにしばしば行われる。あのときクリミアで本当にロシア系住民の保護が必要なようにロシアの目には見えたかもしれない。租借していたセヴァストーポリからロシア軍はすぐに出動が可能であった。だが、では、クリミアのロシア系住民の安全が確証されたら、ロシアはクリミアを明け渡すのか? 冗談じゃない、ロシアはクリミア支配の永久化しか考えていない。物心両面で。橋はかけるわ「歴史的正義」は鼓吹するわ。

③91年にロシアとウクライナは国境を画定した。一度画定した国境はむやみに再問題化すべきでない、すべての国境線は恣意的であり、1mこっちでも1mそっちでもいけないという理由をもたない、だからこそ、一度後退すれば後退の深度は理論上無限である(長谷部恭男)。絶対の国境などあり得ないからこそ、一度画定した国境は「絶対」でなくてはならない。この近代国家の大原則を破っててんでに「歴史的正義」を持ち出していいなら、悪いけどロシア連邦めちゃめちゃに崩壊するよ。コーカサスを皮切りに四分五裂じゃ。

ロシアの立場への批判への注釈

基本的には以上。ただ、3点ほど(ウクライナ側に不利な)補注をしておきたい。

まず、クリミア人民の自由意志の発露としての住民投票で「97%」がロシア編入を是とした、この97%という数字は、私はまんま信じる。土地柄からいってそんなもんだと思う。ロシアで選挙があると西側は馬鹿の一つ覚えで不正あり!と叫ぶが無意味な主張だ。もちろん飽くまで、ウクライナ憲法に反するこのような住民投票はそもそもが無効である。

次に、13年末のマイダン革命が全くクリーンなものだったとも絶対に思わない。西側寄りの政権樹立のためにNATOだのCIAだのの尖兵が暗躍していた可能性は疑わない方がおかしい。そしてあの日々、本当に危険なウクライナ民族主義者が大手を振っていたことも一方の事実だ。14年5月2日のオデッサの悲劇を思い出すだけで十分と思う。反マイダンの市民が立てこもった労働組合会館が民族主義過激派に焼き討ちされ、42人が死んだ。

最後に、ウクライナ自身がクリミアの返還を妨げているという側面。ロシア側の進駐の当初の名目は「クリミアに住むロシア系住民の保護」であったが、今のウクライナ政府のロシア語抑圧、ウクライナ国粋主義ぶりは、クリミアのロシア系住民に「ウクライナのもとでの私たちの平穏で快適な生存は無理だ」とますます強く思わせる。

結語

ウクライナが今のような極端な政治コースをとることも一定、理解してやらないととは思う。主権国家にとって領土の一部を外国に強奪されるということはそれほどのことなのだ。だが一方で、すべての民族の平和共存が保障されない限り、要するにウクライナが寛容性を回復しない限り、ウクライナはクリミア返還を要求する道義的権利さえ失うと思う。

北方領土

北方領土。これについては随分本も読んだが私のミジンコ脳みそからは全部こぼれ落ちた。本項こそは短く済ませたい。大前提として、私は四島すべての返還を望んでいる。日本には返還を要求する道義的権利があると思う。しかし……

障害①島民感情

正直現状、北方領土の返還は絶望的だと思っている。時を追うごとに無理ぽ感が強まる。日本側は北方領土は古来固有の領土なりという歴史的正義を「故郷を追われた旧島民」に象徴させてきた。だが彼らはご案内の通り皆ご高齢で、冷厳な事実として、早晩絶滅する。一方で戦後北方領土に入植したロシア人の方は、オレの地元・私の故郷という感情を日々着々と育てつつある。つまり、日本側がもつ「古い歴史」とロシア側がもつ「新しい歴史」が拮抗してきているのだ。時はどう考えたって後者の味方である。いずれ日本は「奪う者」へと転じる。

障害②国民感情

もっと重要なのは、(エスタブリッシュメントを含め)ロシア本土の人たちの心的態度の硬化だ。クリミア併合後のロシアバッシングの中で「いや、クリミア、返さん、返さん!」と意地を張ってる間に、「ちなみに南クリルも返さん!」「固有の領土は1ミリたりとも!」と東側でも筋肉がこわばってきた。領土一体性意識の高まり。果ては憲法改定で領土不割譲が明記されるに至った。

突破口(愚案)

障害①よりは②の方が重要だ。ロシアに民主主義はない、権力は圧倒的に西高東低で、西側に圧倒的なテコがある。西でテコをかければ東はいくらでも浮く。では極東の辺土をさえ手放すことを肯んじない国民感情はどこからくるか。それは、ロシアの国土は先の大戦(「大祖国戦争」)において父祖たちが多大な犠牲を払って侵略軍から守り抜いたものであり、どんな極小部分といえども、国土の否定は歴史の否定、父祖たちの否定であって、それは許されざる罪である、という、歴史観、世界観、いや……道徳観だ。

この道徳観は為政者によって作られたもの、少なくとも、人為的に増幅され強化されたものだ。あまりに広く・多民族なロシアには、国民をひとつに束ねる<物語>が必要だったから。でも、その<物語>は、なんとかして解体できないものかな。そうしたら北方領土取り戻せるんじゃないの。

ロシア国家の統合理念

西に東に離れているけれど、同じロシア人なのだ、そう言えるための何か。ほっとくとバラバラになってしまいそうな多民族・多宗教国家をひとつにまとめあげる、ボンド・膠・万力・タガとしての、「犠牲と戦勝」という物語。

「血の犠牲を払って人類を悪魔ヒトラーから解放した英雄国家」
「父祖たちの貴い犠牲の上にナチスドイツの侵略を撃退し、祖国を防衛した戦勝国」

メディアと公人がどんなにこれを口を酸くして喧伝していることか。日本ではほら8月15日「終戦記念日」と言いますでしょ。「敗戦」じゃなくて。勝った負けたは脱色されている。そこいくとロシアは戦後70年以上たった今も「あの戦争に我々は勝ったのだ!」ゴリ推し。5月9日の「戦勝記念日」は最も盛大に祝われる年間行事のひとつだし、退役軍人には特別な敬意が払われて国家社会レベルで定期的に賞賛顕彰が行われる。けだしпобеда(勝利)という語はロシア人の鍾愛の語、現代ロシア語において栄誉ある特別な地位を占める語だ。

唐突に、参考までに、ペトロフ先生の「16時間でマスター!ドイツ語」(ロシア国営文化チャンネルの人気コンテンツ)↓

冒頭ペトロフ先生が生徒(ほぼ20~30代)一人一人に「ドイツときいて何を思い浮かべるか」と尋ねる。したら口々に「ナチス・ドイツ」「戦争映画に出てくる敵役」「どうしてゲーテの国からあれほどの蛮行が……」など言うので驚いてしまった。日本でドイツ語学習に意欲のある若者8人集めて「ドイツと言えば?」と問えば「メルヘン街道!」「ノイシュヴァンシュタイン城!」「カフカを原語で読みたくて……」とか言うに決まってる。

何が言いたいかというと、ことほどさように、若い世代にさえ侵略者ドイツ(悪)と防衛者ソ連/ロシア(善)という物語はよく浸透している、ということだ。実際ソ連は先の大戦で地球上の他のどの国家より多大な人的犠牲を払った(第二次大戦通じて戦死者は一千万とも)。それほどの犠牲を払って守り抜いた・勝ち取った国土は、びた一文売り渡さない。これが今のロシアの領土的吝嗇の根本だ。

「理念」の解体

だが、人間は忘れやすいものだ。大祖国戦争も、先の祖国戦争(19世紀、フランス侵略軍を撃退)と同じように、いずれひとつの歴史的過去になる。そうならないようにロシア政府は支配下のマスメディアで戦争映画を繰り返し放送したり、あの手この手で戦勝の記憶を掻き起こすのだが、もはやTVを全然見ない若い世代にどこまでそれが通じるか。退役軍人たちも早晩絶滅する、戦勝について何かいう機会はますます減じる。

「理念」からの引き剥がし

また、そもそも南クリル(北方四島)は「犠牲と戦勝」という物語の埒外の問題だ、という理解を、日本側のしかけでもっとロシア社会に浸透させることはできないものか。くだんの一千万とやらの戦死者はほとんどが西部戦線で出たのだろう。日本とは満州ではやりあったが、こと北方四島に関しては、戦争末期にどさくさまぎれで侵略・併合した、何の正義もないものではないか。

まとめると……

ロシアがその広大な国土をまとめあげるために理念が、たとえば「犠牲と戦勝」という物語が必要なことは、理解する。その理念の必然の帰結として、国土を大切に思う気持ちが強まるのだ、ということも。しかし、こと北方四島に関しては、犠牲はなかったじゃないか? 西側での人的犠牲の代償を東側の領土拡張に求めるというのは、おかしくないか? 

このような理屈が通じないものだろうか。

(以上で終わる。浅学な素人が問題の一面を語ったに過ぎない、ちゃんとした本を読んでください。たとえば北方領土を日本に還したらその同盟国であるアメリカの軍事基地が設置されるんじゃないか、というロシアの安全保障上の懸念については触れなかったがこれも重要なポイントだと思う。これについては、日本がアメリカとしっかり握って、北方領土に米軍基地は設置されませんと確言しさえすれば済む話と思うのだが、難しいことなのだろうか。難しいことなのだろう)

補足:ロシア世界の統合理念

ちなみにロシア世界(русский мир)という概念がある。ロシア発の地政学タームと言っていい。ロシア国家を束ねるのが「犠牲と戦勝」という物語だとしたら、ロシア世界を束ねるのは「ロシア語とロシア正教」だ。

つまりロシアは、ロシア国内の異民族・異宗教者を束ねるために「犠牲と戦勝」という物語を使う。そしてロシア国外のロシア系住民を束ねるために「ロシア語とロシア正教を同じくするものはロシア人だ」という論理を使う。

前者は南クリル占領の根拠であり、後者はクリミア占領の根拠である。

プーチン

↑私にとってプーチンの顔面は猥褻物なので、かわりに「チェブラーシカと黒コショウ」の画を置きました。

本項こそは短い、言いたいことはそんなにない。私はプーチンが嫌いだ。プーチンのいないロシアを見たい。セーチンでも誰でもいい、次へ行ってくれ。まずは誰でもいいプーチンでなくなることがロシアの民主化への第一歩だ。(ナヴァーリヌィには微塵も期待していない)

一般に国家のような巨大な組織にとってトップ一人がもつ意味というものを疑う。重要な決定は安全保障会議とかチームでしてるわけだし、暗殺とかドーピングとか一々をプーチンその人が指示しているとは(有意識的に裁可してるとさえ)思えない。佐藤優が言ってたが、プーチンというより「プーチンはこう望むに違いない」という忖度勢が行ったことも多いのだろう。だがいずれにしろ、プーチンの顔面そのものが今やロシア国家ならびにロシア世界にとってのiconである。国家の顔がすげ替えられる、それだけでそれひとつぶん、ロシアの全体主義は毀損されると思っている。

ちなみにプーチンのイデオローグの一人のインタビュー動画が面白かった。グレプ・パヴロフスキー、プーチンを『創った』男。スルコフ(「主権民主主義」の)とかよりもっと深くに隠れた人物だ。こういうやつらがプーチンの背後には潜んでいるわけだ。

Глеб Павловский – человек, который «создал» Путина // А поговорить?..

動画といえば、「プーチンが公金を横領して黒海沿岸に豪奢な宮殿を建てている」とする暴露動画がYouTubeで公開されて話題になった。半年で1億回再生されている。

Дворец для Путина. История самой большой взятки

これについては以前このブログでも書いた(【YouTubeレビュー】1/24:プーチン宮殿と谷根千散歩)が、建設中の宮殿が本当にプーチンのものであるかはむしろ二義的な問題だと思う。この動画の価値は、いかにロシアの最高権力が永年にわたりプーチンとその仲間たちで固められているかということを、改めてヴィジュアルに印象的に描き出したことにあると思う。

じっさい、政府の要職とか国営企業のトップが軒並みプーチンファミリーで占められている様は異様というほかない。こんなだから、プーチン個人に余りに有利な憲法改定が行われたり(過去記事⇒ ロシアの憲法改正(2020年)について)、大統領経験者とその家族は終生にわたり刑事訴追を免かれるというもう笑うほかない、法治主義の自殺みたいな法律が成立してしまったりするのだ。

つまり、ユニバーサリズムの欠如。憲法や法律はプーチンという「稀代の名君」ひとりに捧げられるべきでなくて、プーチンの次、次のまた次に、最悪の暗君・暴君が来た場合でも対処(弾劾・更迭など)出来るように、いわば民主主義が自浄作用を保てるように、整備しておくべきなのだ。それを、あまりに長くプーチンが君臨し、その周辺にそのお友達しかいないような状況があまりに長く続いたために、「プーチン以外の人間(たち)が政権につく」ということへの想像力が完全に欠落してしまっているのだ。

だから改めて言う。

まずはプーチンが除かれるべきだ。それがロシアの民主化への一歩だ。ゲレンジークへでもどこへでも引っ込むがいい。プーチンという悪腫がロシアから除かれるなら、大宮殿など安いものだ。

言語

大雑把に言ってウクライナではロシア語とウクライナ語が半々くらい行われているが、ウクライナの現政権はロシア語を敵性語と認め、言語浄化を進めている。つまり、ウクライナに暮らす全ての人が(ロシア語でなく)ウクライナ語を話す、というのがウクライナ現政権の望む国家像だ。

具体的には……
人口の9割がロシア語常話者であるオデッサでさえ、

・義務教育は全ての授業がウクライナ語で行われ
・「ロシア語」という科目は抹消され
・役所/商店/飲食店はウクライナ語で接客することが義務付けられ
・劇場の全演目にウクライナ語の字幕を付すことが義務付けられ
・これら違反については「密告」が奨励されている

基本的に私は、理解する。ウクライナのそうした立場を。

まず、理知的に理解可能である。言語浄化の話も、日本で戦中おこなわれた「ベースボールは鬼畜米英の言葉だから野球と呼びましょう」はただの精神論だったが、ウクライナでは国民の半数がロシア語を話すという現実はそのまま安全保障上の脅威である。ロシアが「ロシア系住民の保護」とかいって外国領土を強奪するという前例が、他ならぬウクライナにおいて出来した以上は。

また、ウクライナのことは理知でしか理解できない、と先に書いたが、こればかりは感性的に、ある言語を骨の髄まで憎むという感覚は、私には分かる。(……ここでだいぶ考えた……)ある言語を話す人(私自身もその一人だが)がひとしなみに、とある国家に宗主されている、ということの気持ち悪さ。

一度その気持ち悪さに目覚めると、世界の多くの人がロシア語を話すという現実は、実に我慢のならないものだ。欧州津々浦々にロシア系ディアスポラが存在し、旧ソ連諸国では今も多くがロシア語を話し、国際宇宙ステーションへ人間を搬ぶ唯一の手段はソユーズであり……至るところロシア語・ロシア語・ロシア語だ。(そして、それを当て込んだ厚かましき本国人が、旅行でプラハやリヴィウを訪れて、当然のように店員らにロシア語で口をきく。見てられない)

以上のことがらにも関わらず、
私は今のウクライナの言語政策を、
断固否定する。

父と母の言語であり、自分がそれでものを考えるところの言語で、教育を受け、生活し、芸術を鑑賞する権利が保障されないなど、絶対に間違っている。近代国家の生理などというものより、人間一個の内心の自由と幸福の方が、絶対に、絶対に、重い。それを保障できない国家など有害にして無益だ。消滅したほうがよい。

【関連記事】
過去に書いたロシア関連の記事。
①2020年の憲法改正について一般 ⇒ ロシア憲法改正について済みませんが私見を述べさせてください
②同、特に大統領権限の強化について ⇒ ロシアの憲法改正(2020年)について
③プーチン宮殿について ⇒ 【YouTubeレビュー】1/24:プーチン宮殿と谷根千散歩
④ロシア・ウクライナを本気で戦わせてみた(お遊び) ⇒ ロシアvsウクライナ珍名五輪

何丘のウクライナでの生活について。
⑤オデッサ移住2年の住まい遍歴(団地、街、ダーチャ)ウクライナに2年住んでて怖かった体験3選

最後に扱った言語の問題については、私はその只中に暮らしてる者なので、興味深い具体事例を色々知ってる。いずれ別の記事にまとめたい。

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