Twitterフォロワー100人への道(第四章)

↑ ご覧のように、2021年1月9日現在、フォロワー数は80人。これを100人に増やしたい。

※この記事は、2020年12月5日公開「Twitterフォロワー100人への道(第三章)」の続きです。12/5時点でフォロワー数は56人でした。

【経過】フォロワー数の推移

「2020年2月からTwitterを利用しています」とある。だが、実際に活発に投稿するようになったのは2020年6月末だ。8月あたりは頑張ってたが、その後一度いやになって9・10月と沈黙して、11月からまた活発化した。

要するに、実質的に4か月ほどTwitterやっている。

その間フォロワー数はどう変化したか。本ブログの過去記事をもとに跡付けてみる。

8/10でフォロワー16人だった

8/10公開のシリーズ第一回「Twitterフォロワー100人への道(序章)」の時点で、フォロワー数は16人だった。

この記事を機に気合を入れ、8月を「Twitter強化月間」と位置づけ、盛んに投稿した。

結果、フォロワーは38人まで増えた。しかし……

11/8でフォロワー32人だった

そのあとTwitterがイヤになって、9・10月とアカウントを放置した。その結果、フォロワーは32人まで減った。

そのとき(11/8)書いたのが「Twitterフォロワー100人への道(第二章)」だ。

このタイミングでもう一度気合を入れ直し、本格的にフォロワーを増やしにかかった。

作戦は単純で、「フォロバ(フォローバック)」の慣行を当てにして、とにかくこちらからフォローしまくる。打率3割、つまり3人に1人がフォロバしてくれるとしたら、300人フォローすればフォロワー100人はたちまち達成できる。そんなら簡単な話だ、とにかくフォローしまくればいいのだ、来週中にもフォロワー100人達成する、と息巻いた。しかし……

12/5でフォロワー56人だった

300人をフォローする、というのは全く簡単なことではなかった。アカウント精査にどうしても時間がかかる。目を皿にしてやっても1時間に10人くらいしか増やせない。

つうわけで、12/5公開の「Twitterフォロワー100人への道(第三章)」の時点で、フォロー数90人、フォロワー数56人どまりであった。

この記事にも書いてるが、ここでいったん、性急に100人目指すのをやめた。「フォローしまくって打率3割でフォロバされる」という作戦も撤回。フォローしてる人/してくれてる人との関係をもう少し大事にしながら、ゆっくり100人目指していくことにした。

人数の推移を表にすると

表にすると人数の推移はこんな感じだ。

 8/1011/812/51/9
フォロー152890121
フォロワー16325680

見ての通り、「飛躍的な成長」は一度も起きていない。一貫してジワ伸び。

だが一応、このままやっていけば早晩100人達成しそうではある。

【現状】最近どんなツイートしてるか

ここで最近の活動報告というか、私のtweetの実例を紹介しよう。

ここ最近だと、3つの系統のtweetが多かった。「今日の海」「チュコフスキー童話暗記チャレンジ」「耳よりの話題」。

①今日の海

私はオデッサの臨海地区に住んでおり、海がかなり近い。太郎(1歳児)の散歩でよく海辺に降りる。そこで写真をとって「今日の海こんなでしたー」てな報告をよくやる。

私は実はいま生まれて初めて海辺に暮らしている(海なし県出身→東京都心→モスクワ→海なし県→オデッサ)。ぶらっと散歩で海に降りれる生活が嬉しくて仕方なく、ついこういうTweetが多くなる。

という話は「固定ツイート」でもした。

②チュコフスキー童話暗記チャレンジ

12/17に次のようなtweetをした。

2020年は何もいいことをしなかったので、駆け込みで実績を作るというか、「今年一年お疲れ様、いろいろやったね、少しは成長できたのかな?」と自分自身にうそぶいてみる権利がワンチャン成立しないものかと、12/17~12/31の2週間でロシア語の童話5篇を原文で全文暗記するというチャレンジを開始。

その進捗状況を逐一Twitter上で報告した。

併せて、覚えた作品の荒筋とかを短くまとめて紹介した。

応援の意味で(だと思う)ときどき♡を押してくれる人がいて嬉しかった。

だが、反響はまぁ小さかった。人が努力している姿というのは応援したくなるものだと聞いたのだが。私の場合は、応援しようにも、何を目指して何をやっているのか、わけがわからなすぎて、応援できないという感じなんだろう。

なお、結果をいうと、このチャレンジは成功している。本を一冊まるまる暗記した。でも、喝采も賞賛も得られなかった。わりとふつうに大変だったし、頑張ったのだけど。

③耳よりの話題

私はロシア語ができるので、ロシア語のニュースで面白いと思ったものを抄訳紹介している。たとえば

だが、こういうのはあまり人気がない。良いネタを仕入れて手際よく捌いているつもりなのだが。

ほか、こんなtweetもしている↓

ローカル紙を買って、その中からいくつか話題を拾って、こんな記事ありましたよ、こんなコーナーありましたよ、てな具合に紹介する。
もちろんオデッサに住んでおらず、ロシア語が分からず、だが潜在的に外国の生活・ロシア周辺の様子に関心がなくもない層、を念頭に置いて、ネタをチョイスしている。

だが、やっぱり人気が出ない。1人か2人くらいにしか面白がってもらえない。

こういうTweetはそれなりに手間がかかる。大事なのは♡の数じゃない、とも思う(実際いつも♡を押してくれる人には深い感謝を覚える)が、とはいえ「数も大事だ」。かける手間と、得られる反響が、見合っているかと言われると、うー・・。

その他

ほか、たとえば、食い物系のtweetを試しはじめている。


正直、自分の食い物を写すとか晒すとかしたくないのだが。作りました、出来ました、さぁ食べましょうの前に「ちょっと待ってごめん、写真だけ撮らして」つーのを挟むのはなんだかなーって感じなのだが、でもよ、見てよさ↓

こんな滓みたいなツイートで♡が10個も付くのだぜ。私の「今日の海」とかロシア語ニュースの抄訳紹介とか何なのかなと思うよ。これが美しいと思う面白いと思う有益だと思う、つって20分とかかけてつくるtweetに♡がついたりつかなかったりという中で、缶詰一個で♡が10個もらえちゃうんだもんな。

皆けっきょく食い物の話題が好きなのだ。かくいう私も好きだよ(愛)

【現状】10個のTwitter<Myルール>

さて、こんな感じで普段tweetをしているわけなんですが、
そこに何か方針はあるのか。作戦とか。あるいは単に「気を付けていること」とか。

そりゃあるさ。10個くらいかな。

・毎日必ず数件tweetする
・なるべく他人のtweetに「♡」or「返信」する
・なるべく他人のtweetを見ない
・敬語を使う
・偉そうにしない
・返信への返信は明るく
・人の間違いを指摘しない
・政治の話をしない
・疫病の話をしない
・子供の話をしない


これが私の……まいるーる、えへ。以下、各条略説する。

⑴毎日必ず数件tweetする

これはまぁ説明不要か。さぼりだすと歯止めがきかないので自らに課している。

⑵なるべく他人のtweetに「♡」or「返信」する

誰だって♡押してくれたり返信くれたりしたら嬉しい。いつも♡押してくれる人には何となく親しみを感じる。お返しに、その人の呟きに♡しようという気持ちにもなる。

だからなるべくこちらから♡押したり返信したりするべきなのだ。それをやっているうちに、Twitter上の知己友人というのができてきて、楽しくなっていく。その片鱗はすでに掴んでいる。

⑶なるべく他人のtweetを見ない

全く矛盾するのだが、他人のtweetはなるべく見たくない。疲れるし、究極、他人の生活なんてどうでもいい。
私とて吸血鬼のはしくれ、人間の血のおいしさは知っている。だが驚くなかれ、吸血鬼であることとミザントロープであることは両立するのである。

この⑵と⑶の両立が難しい。

⑷敬語を使う

私の呟きは原則、全部敬語である。です。敬語を使ってます。
なんでかというと、以前はだ・であるを使っていたんですが、そして読点もしばしば省いていたんですが、これでは少し感じが悪いのではないかと思いましてね。

私は知ったかぶって偉そうに語るくせがあるんです。すぐつけあがっちゃうんですよ。あと、地で性格が悪いんです。これは本当です。

だから、地の性格の悪さを覆い隠すため、また、賢そうに偉そうに語る自分が出てこないようにするために、必ず敬語で呟くことを自らに課しています。あとですごい恥ずかしいからね。

⑸偉そうにしない

敬語を使っても偉そうなことは言える。でもそれ×ダメ×ゼッタイ×ダメ

私がフォローしてるのは大体ロシア屋さんor在欧者だが、私もロシアに関わって長い、在欧歴そこそこ厚いので、このあたりのことにつき、いろいろ一家言なくもない。そこへもってきて明らかにこう言っちゃなんだが私より認識のステージが低い人が何ごとか呟いてしたり顔してるのを見るとこう……疼くものがある。だが、こういう言い方をやめなさいという話だ。Be humble.

⑹返信への返信は明るく

私は絵文字・顔文字が苦手だ。文学青年の潔癖で、そういう表現に頼ることを斥けてきた。今はもう私は文学青年でも何でもないただのオッサンなので、絵文字顔文字も使うにやぶさかでないのであるが、使おうと思ってもうまく使えない。笑おうと思ってもうまく笑えないのだ、ずっと笑わないでいたから。

だから私の地のtweetはほぼ黒一色である。

でも、ごくまれに私のtweetに返信してくれる人がいる。その返信に対して返信する際は、無理をおしても絵文字顔文字を使う。明るく振る舞いたいのだ。

呟きは独り言だが、返信以降はもう対話なので。相手があることなので、うつむいて暗い顔はしない。いい印象を与えたいのだ。ぼく、あかるいんだよ!(*^▽^*)

⑺人の間違いを指摘しない

誰かの発言が、たとえば私のそれなりによく知っているロシアとかそういう分野で、事実誤認を含んでいたとする。それをしかし、指摘しない。

事実以外のこと、たとえば、ある社会問題への態度表明とかで、お前それは違うだろうと思うことがあっても、また指摘しない。

ひとつには、そういう指摘をするときに、私が偉そうに語ってしまいそうだから。上にも書いたが、つい偉そうに賢そうに語ってしまう(実際偉くも賢くもないのに)ことは私自身嫌悪する私の悪癖なので、重々慎みたい。

またひとつには、私の指摘に対して万一相手がこう、公衆の面前で恥かかされたとかと悪感情を抱いて、私に敵意を向けたり論戦を挑んできたりなんかしたら面倒だ。そんなことに構ってなどいられない。それよりは、他人の事実誤認とその撒き散らしを、ほしいままやらせておくほうが好ましい。

⑻政治の話をしない

私かて政治について何か言いたくなることもある。最低限ニュースに接してる人でそうならない人がいるだろうか。

でも面倒だから話題にしない。別に吐き出さなきゃ喉がただれるというほどの熱(あるいは毒)もない。面倒というのは、政治については誰もが多少なり言いたいことがあるからこそ、誰かの言いたいことと私の言うことが抵触しないかと気にするのがダルい。

一応この場を借りて基本的な立場を言っとくと、私はウクライナ政府を軽蔑している。ロシア政府が嫌いだ。日本政府に対しては特に思いがない。それなりに腐ってるのだろうが十分に優秀なように見える。

⑼疫病の話をしない

コロナの話は原則的にしない。「コロナ」という言葉を使わない。「くだんの疫病騒ぎ」とかとは言うかもしれない。たくさんの人がたくさんのことを言っているので私が何を言うことも余計だ。またコロナに関する他人のtweetに♡を押したりリツイートしたりすることも原則的にない。

⑽子供の話をしない

私にとって一番大切なものは太郎だ。だからこそ太郎の話はTwitterではしない。太郎の写真を掲載するなどもってのほかだ。

私がフォローしている人の中にも何人か、自分の子ども(赤ちゃん)の写真をよくアップする人がいるが、正直どうかと思う。・・が、それもまた指摘しない。

【動機】(改めて)なんでフォロワー100人達成したいのか

改めて考えてみると何で自分Twitterやってんだろうな。

なんでフォロワー100人目指してんだろうな。

なんでTwitterやってんだっけ?

Twitterやる理由は「このブログに人を呼び込むため」だ、と当初から言っている。

この「フォロワー100人への道」シリーズの第一段であるTwitterフォロワー100人への道(序章)にて詳しく述べているが、

①無職・無職歴・無貯金で30代半ばを迎えてしまったオワッテル何丘が「今から何が可能か」といって、今からでもブロガーつまりブログでお金を稼ぐ人になることはできるのではないか、と考えた

②ブログで金を稼ぐためには多くの人にブログを見られなければならない

③ブログを宣伝する道具としてTwitterを使う

なんやこういう話であった。

なんでフォロワー100人目指してんだっけ?

フォロワー10人の状態でTwitter上で「ブログ書きました、見に来てください!」と告知しても、1人も来ない。TwitterのフォロワーとのコミュニケーションはTwitter上で完結してるので、わざわざ他人のブログへ遷移などしはしないのだ普通。私だってそうだ。

だが100人いれば5人くらいは来てくれるかもしれない。確率5%。1000人なら50人。だからフォロワーは多ければ多いほどよい。

フォロワー数を無限に伸ばしていく、その第一の里程標として、とりあえず「100人」と言ってみた。だがこの目標が意外なほど遠かった。

【今後】これからどうする?

いま一度、フォロワー数の推移を表で確認する。

 8/1011/812/51/9
フォロー152890121
フォロワー16325680

この感じでいけば、まぁ2月中にはフォロワー100人いきそうではある。

だから、今のままでいいっちゃ、いい。でも、問題点も感じている。そこにどう対処するか。それぞれ見ていく。

今のままで良さそうなこと

tweetの頻度と内容は今のままでよいと思う。私のtweetは、私の主観では、質が高い。少なくとも誰かのタイムラインを汚すようなものではないと思う。よくすると、誰かにとって面白く、発見があり、楽しいものであると思う。

問題点

他人のtweetへの「♡」「返信」「リツイート」が少なすぎる。もっと多くしないと。
そのためには、そもそも他人のtweetをもっとよく見ないといけない。

現状、全然見ていない。一方的に自分のtweetをしている。見てられないのだ、タイムラインとか、すぐ胸が悪くなってしまって。根本的にSNSが性に合っていない。

要するに、楽しめていないのだ。これが第二の問題だ。

変えた方がよさそうなこと

まず、もうちょっとだけ頑張って、タイムラインを見よう。他人のtweetに反応をしよう。

本当にSNSが向いていない人というのはいるんだよ、という話だ。よしっ他人のtweetに反応をするぞ、といってタイムラインに立ち向かうためにはワインで少々酔っぱらう必要があるくらいに大儀なのだ。ん、この構文大丈夫?

それから、「自分のブログの宣伝のためにTwitterをやっている」という話だったが、これがすっかりウソになっている。私は普段オデッサの海とか猫とかニュースとかを投稿するが、ブログ更新の報知など全然しない。

中途半端にTwitter上の知己ができてしまって、その人たちの前でのふるまいの型、いわばTwitter人格というものが出来てしまって、言いたい放題の当ブログで彼らの何丘イメージが破壊されることを思うと萎える。

だが、それをしないと本末転倒だ。ちゃんとTwitter上で、ブログ更新の報知はしよう。

まとめ(要するに何をどうする)

・質の高いtweetの量産に拍車をかける(1日10件目安)
・新規フォロー(フォロー数が現状の121から180に増える頃、フォロワー数は100人に達するであろう……フォロバ率3割計算で)
・意識してタイムラインを見る
・他人tweetへの「♡」「返信」「リツイート」
・苦痛でなく、楽しみを見つける
・ブログの宣伝をちゃんと行う

やろう。どうせヒマなんだから。やれることやれるだけやってみろ。2021年。

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