自分の住まう街についてもう少ししっかりした知識を持ちたい。とりあえずWikipedia日本語版「オデッサ」の項に学び、それを凌駕しよう。
一般①名称
オデッサ。ウクライナ語でОдесаと書いてオデーサと読む、ロシア語でОдессаと書いてアヂェッサと読む。ここは問題ない。
むしろすでに私の知識はWikipediaを凌駕している。ロシア語でアヂェッサと読むべきところ、よそ者はアデッサと読む。それをもって身内かよそ者かを判別することが可能だ……ということについて一本記事さえ書いた。
一般②位置関係、人口、面積
オデッサはウクライナ南部に位置する。これはOK。黒海に面した港湾都市、OK。もちそんそう。
だが、ドニエストル河口から北に約30㎞とな。地図見てみようか。
これはなるほどであった。うっすら聞こえていた色々な名称がバッツン繋がった。かのДнестровский лиман(ドニエストル・リマン)こそがドニエストル川の河口であったか。
リマンというのはオデッサ周辺にいっぱいある潟湖(河口が砂州に遮られて湖化したもの、淡水と鹹水と両方ある)、そのひとつがこのドニエストル・リマンであって、東岸のTeplodar市は我らのダーチャの最寄りの市。ここには建設途中で放棄された原発用地(建設途絶の原因はチェルノブイリ原発事故!)がある。勝手に入れるので勝手に入ったが、廃墟ツーリズムを組織すれば全然人が呼べる、独特の雰囲気がある。そんでリマン南端のZatokaというのは黒海北岸を代表するビーチリゾート。長い砂州を鉄道がずーっと走っていて、それ沿いにずーっとビーチがあって、片側が海、片側がリマンという不思議な場所だ。んでShaboというのは葡萄の名産地である。Shaboブランドのワインが日本にも入ってる由だ(地元民的には粗製濫造の安ワインだがどうせ日本では高く売るのだろうな)
・・といった具合に直接間接にわりとよく知ってるご近所の湖ドニエストル・リマンこそが他ならぬかのドニエストルの出口だったわけね!
ちなみにオデッサ周辺ではドニエストルの他にもドナウ(下)ドニエプル(右)といった国際大河川が黒海に注いでいる。と言ってみてこの3河川すべてに共通するDONという音はなんだろうと思ったら、やはり印欧祖語で“川”を意味する語なのだそうだ。
首都キエフからオデッサまでは443㎞だそうな。ふむふむ。東京・京都みたいなもんか。
Google先生によるとどちらも車で5時間20分。ただし電車だと、東京-京都が新幹線で2時間強なのに対し、キエフ-オデッサは7時間~だ。高速鉄道がないのよね。私は二度キエフを訪ねたがどちらのときも夜行列車だった。
人口100万人強というのは最新の調査(21年)でも変わらない。ウクライナには100万都市は3つしかなく(キエフ、ハリコフ、オデッサ)その3番めが我がオデッサだ。人口流出の止まらないウクライナで100万ギリギリという線を長年保ってるのはなんというか土俵際の粘り感。オデッサ市は市として人口動態がプラスであるウクライナでは数少ない街のひとつなのだそうで、実際高層マンションがすごい勢いで作られ続けている。
面積160㎢。これは埼玉県熊谷市と同じくらいだ。あるいは静岡県磐田市、愛知県豊川市くらい(日本の市の面積一覧より)。3市とも人口は20万弱とのことだから、オデッサの100万はかなり人口稠密ということになるかな。
一般③特色
ウクライナ最大の港湾、ウクライナを代表する工業都市ね……。最大の港湾はいいとして、工業都市なのだろうかオデッサは。生活レベルではその側面は全然見えてこないが。Wikipediaウクライナ語版は「経済産業」の項目で3つの代表的な企業の名を挙げており、それぞれ巨大な石油加工・金属加工・電子機器製造工場を有するらしいのだが……。ただ、ソ連時代と比べると工業はよっぽど落ちているのではないかと思われる。うちの義父母は市の人口の3割強を擁するメガ団地に住んでおり、そこから市中心部へ向かう道筋には広大なпромзона工場ゾーンと呼ばれる一帯があるのだが、今はボロクソの廃墟群である。
リゾート地についてはたしかにはい。慥かにええはい、ウクライナで唯一の海が黒海であり黒海で最も栄えた街がオデッサだから、夏としもなればウクライナ中からバカンス客が訪れる。ちょっと前まではロシアからもたくさん人が来ていたのだがここ数年の関係悪化でぱたりと来なくなった。国際水準では、ひとつ黒海を囲む他国のリゾート、たとえばグルジアのバトゥミなどと比べて、オデッサが随一のビーチリゾートであるかというと、ちょっと疑問符がつく?このあたりの事情を以前記事にした?
ロシア帝国と外国の経済・文化の交流の拠点となっていた、か。1794年創建の若いオデッサは自由港の設置などで急速に発展し、一時は広大なロシア帝国でサンクトペテルブルク・ワルシャワ(現ポーランド)に次ぐ第3の都市にまで上り詰めたと聞く。だが「外国との経済・文化交流の拠点」とは何の意味かな。たしかに市内、それもポルト・フランコ(自由港)通りと呼ばれる外郭通りの内側には、フランス並木道とか、イタリア小径とか、ユダヤ通りとか(ユダヤ人はたしかに大勢いた!)、かつてこの街が国際色豊かであったことを物語る通りの名がいっぱいある。そのあたりの話か。
で、レフ・スラーヴィンとかいう人の話。その人によるとオデッサの人間は「何かを理解するためにはどんなものでも手でじかに触り、歯で噛んでみなければ気のすまない」気質なのだそうだ。……困惑……!
何かを理解するためには
どんなものでも手でじかに触り
歯で噛んでみなければ気がすまない
それってどういう人物像なんだろう。なんかいかにも名言感のない気の抜けた散文的な文字並びで分析してみる気も起きないが、まぁ……「好奇心旺盛、直感的把握を重視、豪放磊落、若干アタマが悪い」とかそういうことか。(せめて原文で何と言っていたのか知りたいと思って探してみたが見当たらず)(ちなみにWikipediaロシア語版・ウクライナ語版にはレフ・スラーヴィンへの言及なし)
こういうときは具体例で考えてみればいい。たとえばYouTuberのヒカルは「何かを理解するためにはどんなものでも手でじかに触り、歯で噛んでみなければ気のすまない」性格だろうか。なるほどそうだろう。フィギュアスケートの羽生結弦は? 恐らくだが、新しい技とかフィギュアスケートの科学の新知見に関しては、「どんなものでも手でじかに触り、歯で噛んでみなければ気がすまない」であろう。「となりのトトロ」に出てくる4歳児メイも、「何かを理解するためにはどんなものでも手でじかに触り、歯で噛んでみなければ気のすまない」性格である気がする。徐々に輪郭をとりはじめてきたのではないか、「オデッサの人間」が……!
↑ヒカル、羽生結弦、メイ。生粋のオデッサ人たち。
名称の由来
オデッサという名前はどこからついたか。ロシア/ウクライナの地名はロシア語/ウクライナ語ではっきり理解可能なものと全く意味が分からないものに二分される。たとえばウラジオストクとかペテルブルグとかは完全に語義分明な人工的な名前で、モスクワとかキエフとかオデッサとかいうのは現代露/ウ語では全く類推の手がかりすらない一種エキゾチックな名前である。さてWikipedia↓
前段ちょっと意味がわからないっていうか何だそれって感じだが、後段はまぁ分かるような。でもオデッサ市を創建した(ということになっている)エカテリーナ2世の時代に古典主義が流行していたはいいとして、「ギリシア系商人と植民者の誘致を意図した」ためにあえてギリシャ風の名前をつけた? そんなことするものかな。市の草創にあたってフランス・イタリアから貴族や技師を招聘した話は聞いてるが……ギリシャ人?
Wikipediaロシア語版・ウクライナ語版を見ると「諸説あり」ぶりがよくわかる。
露ウ両ヴァージョンで重複のない記述を異説として排し、重複している記述を中心説として採ると、なにしろこういうことだ。
①オデッサが創建された18世紀末当時、戦争によってトルコから勝ち取った都市にギリシャ風の名前をつけるのが流行っていて(cf.セヴァストーポリ、ティラスポリ)、その流れで、のちオデッサと呼ばれることになるこの土地にもギリシャ風の名前がつけられようとした。
②その際に、大昔この地にはオデッソス(Odessos)と呼ばれるギリシャ人入植地が存在していた、という伝説が参照された。ただし今日では、その伝説の街オデッソスは、今日でいうブルガリアのヴァルナに所在していたことが分かっている。
ちなみに今日、オデッサとヴァルナは姉妹都市である。そらそうなるよね。
小括
つうわけで今回、「オデッサに関する知識でとりまWikipedia日本語版に比肩し、そして超えていく」企画の第一段として、①概論部②名前の由来を勉強した。
感想として、思いのほか楽しい。断片的な知識が脳内で有機化合してく感じが快い。「基本的にWikipedia各国語版しか見ない」という低い志でやってるのであまりストレスもない。
キエフ-オデッサ間の距離が東京-京都間と相同であることとか、あるいはオデッサの面積が熊谷市と大体同じこととか、自分でもへーと思った。こういう比較は今回のように「何も知らん人に一から教える」というWikipedia的構えからでないとなかなか出てこない。
本シリーズはWikipedia日本語版の構成に沿って、次のように続いていく。
「オデッサ」に関する知識でWikipediaを超える②歴史編
「オデッサ」に関する知識でWikipediaを超える③気候・民族・言語編
「オデッサ」に関する知識でWikipediaを超える④経済・教育・交通編
「オデッサ」に関する知識でWikipediaを超える⑤建築・観光名所・文化編
「オデッサ」に関する知識でWikipediaを超える⑥国際関係・有名人編
書き出してみてちょっと萎えてしまった。こんなやんのか。次回「歴史編」がさっそく大変そうだ。死なないかな……?
【関連】過去に書いたオデッサ入門記事
「オデッサどこ?」レベルの超入門記事 ⇒ オデッサの地理的位置
楽しく読めて気が付けば黒海の地理が頭に入ってる良記事 ⇒ オデッサの岸辺から何が見えるか~遠いトルコ~