何かやる

オデッサ/ウクライナ/ロシア

自分がしゃべってばっかで何もやっていないことに愕然とするがいい。愕然としたあとは、何かしろ。

11月23日

昨日妻と話していて、何の言葉に触発されたのか昨日のことなのにもう忘れているが、オデッサにホッカイロを送るというのが一つあるなと思った。そのくらいのことはできるかもしれないし、できるならやるべきだ。逆側からいうと、やるべきならば、できなくても、やるべきだ。

何かやろう。――と思った。

それで今日「ウクライナ 支援 送る」と調べてみたら、UNHCRとかそういうのばかり出てきた。やはり単純にこういうしっかりした団体にお金を送ってあとはお任せしますの方が、個人がモノを送るよりいいだろうか。そうなのかもしれない。そうなのだろう。……か?

というわけで2つのアイデアがある。

①UNHCRへの募金を、私自身もするし、他の人もしてくれるようにこのブログ上で呼びかける
②このブログの場裏また場外で募金を集め、オデッサ市にホッカイロ1000個送る

①UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)については、間違いない団体ではあるが、ウクライナの越冬支援という明確な目的があるのに、アフガニスタン難民の支援に使われるかもしれない、シリア難民に使われるかもしれない、とにかく使途は団体に一任ということになる。それでいいといえばいいのだが、このブログの読者に対する呼びかけとしては、ちぐはぐな感じもする。↓サイト

②オデッサにホッカイロを送る場合は、次のような流れをイメージしてる。まずオデッサ市にメールしてホッカイロとはそも何か、を説明する。簡単なプレゼンテーションつけて。本品はそう寒くもない冬に日本人が愛用しているものであって使い方も簡単、そちらの空間暖房とは全く逆をいく発想の超局所暖房であるがなかなかに使い勝手のよいものである、云々。それで私人として1000個ほど送って迷惑でないかと聞いて迷惑でないと答えが返ったなら動き出す。まずこのブログとかTwitterで募金を呼び掛ける。その際いつも使ってるOFUSEなるサービスは使わない、慈善目的の募金なのにOFUSEサービス提供者に中間搾取されるのは不当だ。お金の動きも透明であるようにしたい。どうしたものか。

ほんで併せてオフラインのイベントを開催するのはどうかと思った。新宿かどっか集まりやすそうな場所を借りて、区の会議室か何かだ、20人くらい入ればよい、そこで一時期やってたようにオデッサについて私がなんか1時間半くらい喋る、写真とか見せながら。音楽とか聴いてもらって、ちょっとしたアーベントだ。ほんで出口のところでお金を集める。

①と②は別に相互に矛盾しない、両方やってもいい。だが呼びかける方としてはあれもよろしくこれもよろしくとも言えないから、どちらかを特に唱道することになろうかと思う。ほか諸々、アイデア乞う。送るならホッカイロよりもっと適切なモノがないかとか。何丘TwitterにDMでもください。

寒の到来は待ったなし、早急に動いて、とりわけモノを送る場合には今月中とか遅くとも来月頭には発送したいと思っている。「私たちにできること」。

11月25日

調べたら、ホッカイロはなんとか社の、ホカロンはまた別のなんとか社の商標である由だった。

たとえばこのホカロン30個入りを33箱買って送るということを考えた。

ブラックフライデーというやつだろうか、安くなってるので、これで1000個分買うとしたら、909×33=3万。船便じゃ届く頃には冬があけちまうから送る手段は航空便一択、すると送料は……かさばるからな……3万で済むだろうか。総費用6万(ザル勘定)

ともかくオデッサ市に連絡を、と、文面を作った。んでオデッサ市HPより送ろうとした。

3月までオデッサ住んでた日本人の何丘と申します、そちらの状況に胸を痛めています、日本では冬場にカイロというものを使います、むろん部屋全体を暖めてくれるようなものではありませんが、掌を、背中を、首筋を、望むらくはココロを暖めてくれるものです、試しに個人として1000個ほど送ろう思っていますが、もし気に入っていただけたなら、メーカーを焚きつけて、(うまくいけば)全き人道支援として大量に送らせようと思います……みたいな内容。

そのとき妻から待った。「ちょっと見て! ねぇアンタ! こんなニュースあるんだけど!」(※こんな口調ではない)

「オデーサ市」の姉妹都市であるヨコガマが、既にカイロほか物資の支援を決定済みという。こんな10日も前のニュースを今日まで見落としていた。

私は……そういうことなら……いまさら個人がカイロ1000個でもないだろう、やはり餅は餅屋か、しょせんこういう支援というのは個人がやるものではないのか、個人にはできることなどない、オフィシャルとか、NGOとか、そういうところに任せておけ。「でも、この気持ちはどうする? 何かしたいという、この気持ちは?」

……金か。

結局は金か。それしかないか。

というわけで、UNHCRに募金をした。1万円。

皆さんももしよければ。UNHCRのこちらのページから存外簡単に募金できます。クレジットカード決済、1000円からお好きな金額を。


ところで上掲NHKニュースをもう一度読むと、読んだ後に少し放心してからもう一度よく読むと、こうある。


要請を受けて、横浜市は新たに購入した防寒着と消防が備蓄している防寒着、合わせておよそ2000セットと、靴用のカイロ1万足分を送ることを決めました。

なるべく高機能でないシンプルで汎用性が高いものをと思って私が選んだごくふつうの貼らないタイプのカイロは逆に横浜は送らないようだった。靴用のやつ1万足分にごくふつうのやつ1000枚が加わっても別に困ることはないだろう。打診だけはしてみて、ほしいというなら送ろう。

というわけでやはりオデッサ市には上掲メッセージを送った。返事を待つ。

もし色よい返事がきたら、カイロを送れば喜ばれるみたいですよ、私は個人としてお宅の商品を1000個ばかり買って送りますけども、御社の方から人道支援として送ってみたらどうでしょうと、ホカロンの販売元であるロッテに言ってみようと思う。

別口で、ユニクロにメールを送ってみた。

はじめまして。●●と申します。ウクライナの越冬支援についてご提案です。
昨冬はUNCHRを通じてウクライナ避難民に対し多額の支援・ヒートテック製品の提供をなさったとのこと、敬服の念に堪えません。
私はウクライナ人の妻および幼子とともにこの3月までウクライナのオデッサに暮らしておりました。ご案内の通り、目下ロシア軍が重要インフラを特に狙ったミサイル攻撃を繰り返し、ウクライナ全土で光熱水道の供給に支障が出ています。北国ウクライナは冬の寒さが大変厳しく、また日照時間の少ない土地です。現在ウクライナの統治が及んでいる領域の最南端付近に位置するオデッサでさえ、緯度でいえば稚内・宗谷岬よりも北、寒波が見舞えば黒海の波打ち際も凍ります。ウクライナの人たちがこの冬を無事乗り越えられるかどうか、とりわけ残してきた義父母や友人たちの身が、案じられてなりません。
社会貢献に意識の高い貴社のこと、つとにご検討中のこととは思いますが、今年3月に実施されたような支援を、ウクライナの人たちが未曾有の厳しい越冬に挑もうとしている今こそ、行っていただけるよう懇望いたします。
管見では、とりわけヒートテック製品が喜ばれるかと思います。今もオデッサにおります私の義父母は貴社ヒートテック(先の冬に私が日本の両親から送らせたもの)を愛用しております。ウクライナの人たちはこのようなハイテク素材の衣類というものをほとんど知りません。貴社が欧州進出に意欲的である旨も仄聞しており(朝日新聞11月23日付)、ウクライナこそロシアに代わる有望な市場であり得るのではないか、こういう形でヒートテック製品が社会に浸透することで、将来のウクライナ出店の足掛かりにもなり得るのではないかと愚考します次第です。
ウクライナの現状に心を痛める一個人として、くれぐれもご検討のほど宜しくお願い申し上げます。
●●●●

ユニクロは今年3月に大規模な難民支援を行っている。当時のプレスリリース

以上報告。

いま一度。UNHCRサイト、こちらです。

11月28日

何をやるかイメージが固まった。

都心のどっかに場所借りて、基本は私がスライド見せながらオデッサについて喋る。で私の露文の恩師を招いて、オデッサについて学術方面から少しレクチャーしてもらって、んでその方は声楽家でもあられるので、オデッサの歌を3曲ばかり歌ってもらう。目にも耳にも頭にもとても心地よい、刺激のあるイベントになる。んで出口で募金を募り、お金もしくはモノの形で越冬支援に向ける。これについてはオデッサ市から返答待ち、あと別途UNHCRにも問い合わせ中。

つきまして、情報もとむ。

都心で下記条件を満たすカフェ/バー他
・ピアノがある
・プロジェクターがある
・集まりやすい場所(新宿等ハブ駅近く)
・店内の雰囲気がよろしい
・(できれば)趣旨を理解し格安で貸していただける

赤坂に1軒候補があるのですが2時間借り切って1万6500円、さらに客はワンドリンク(全品500円)オーダー必須とのこと、チャリティイベントでそこまで店に儲けさすのは納得がいかなく、とはいえ素敵な空間ではある。なんかほかに候補があれば検討したいというところです。

何丘TwitterよりDMください。フォローとかしなくてもダイレクトメッセージ送れる設定になってます。(K・Sさん、有難う)

11月29日

義父母に荷物を送った。

カイロ150個(6㎏)ほか新年祭の贈り物、生まれくる義兄の子のためのプレゼントなど、10㎏。EMSで送料2万3500円。

カイロはマツキヨのPBのやつが30個入り500円で安かったのでこれを5コ買った。販売元ロッテと書いてあるので実質ホカロンだ。妻と話して、やはり「貼るタイプ」にした。

郵便局で「特大」サイズの箱をもらって中身を詰めた。ふつうの航空便で送ろうと思ってたが、聞けばEMSと値段ほぼ変わらず、やはり着くのはEMSが早いとのことだったので、EMSにした。10㎏に抑えるためにふりかけパックを一枚一枚出して減量してギリで出した。

内容物申告書でbaby toyとある一行を見咎められて「toyてなんですか」「機構の複雑なものですか」「電池など含んでませんか」と聞かれる。電池など含んでいちゃダメらしい。「いや、ガラガラです。赤ちゃんをあやすやつ、鈴とかついてるやつ。ガラガラ」と答えると、さぁガラガラって英語でなんというんだろうということで、局員さんが3人がかりで和英辞典(紙の)と首っ引きで調べてくれて、まぁrattleというらしい、「rattle toy (no battery)」とか書いて出した。ちなみにカイロのことはdisposable warmerというそうです。

毎度のことだが、送り先はウクライナ、と聞くとざわつく。「届くんでしょうか」「一部送れない地域があるって書いてある、えーとクリミアとセヴァストーポリ」「すみませんがお客さん、ウクライナのなかの、地域はどこですか」オデッサです「オデッサ……ざわ……オデッサはクリミアに近いけどどうなんだろう」向こうからは荷物届いてるので大丈夫だとは思いますが。

んで送るものが大量のカイロだと知るとなんか察してくれて上記のrattleの件とか重量と送る手段と料金の相談とかすごい親身に対応してくれて最後には「早く届くといいですね」と一言。とか書いてると涙こみ上げてくる。

とか書いてるが、さっきからrのキーの反応が悪くて筆記がストレス半端でない。14年に買ったパソコン。いよいよガタがきている。yと4と8と9も利きが悪い。14年。ソチ冬季五輪があり今の妻とモスクワで同棲を開始し事変ありて私はロシアが嫌いになった。それから8年だ、一般に寿命といっていいだろうか。嬉しい時も哀しい時もみな知ってるパソコンだがもうドとレとミとファとソとラとシの音が出ない。パソコンは商売道具だ、速く書くのに支障が出るようなら買わざるをえない。買わざなるまい。

私くしがブログを書き続けるために私あて募金をください。

といってOFUSEボックスを設置したいのは山々だがぐっとこらえてウクライナ越冬支援への募金を呼び掛ける。さしあたりUNHCRの募金ページを貼る。こちら。何卒お願いします。

11月30日

なぁにをぐずぐずしてるんだお前は?義父母のところには1日6時間くらいしか電気がきていない。朝に2時間、昼に2時間、晩に2時間。これがウクライナの現実だ。なぁにがワールドカップだバカ。お前にできることをしろ。早くしろ。

UNHCRから回答がきた。募金の使途をウクライナ越冬支援に限定することは可能であるとのことだった。つまり、そういう質問を私がしていた。世界に問題はウクライナだけじゃないわけで、また人の命に軽重なしというのも当然のことで、専門的見地からいま一番必要としている場所に必要な支援を行っていただくのが一番、こちらが使途を指定するなど烏滸がましいことなのだけど、そうはいっても人の問題意識に濃淡があるのも仕方のないことではあり、ウクライナ越冬支援ということで人からお金を集める以上は、他ならぬウクライナ越冬支援にお金が使われるのが構図としてわかりやすい、こちらとしても呼びかけがしやすい(が、どうであろうか)……という質問をしていた。

オデッサ市から回答はない。もうお金にしよう。お金を集めてUNHCRに送ろう。

私の露文の恩師と話した。私の視点とか私が語ろうとしている内容(私のオデッサ体験)はオデッサの中のロシア的なものに偏重していて、オデッサの中のウクライナ的なものとかユダヤ的なものへの目配りがあまりに不足している、との批判を受けた。私が先生に歌ってもらおうとした楽曲も全部がロシア語の曲というのに違和感があるし、「ちょっと私が歌うような歌ではない」とのことだった。ちなみに下記3曲を提案していた。

・オペレッタ「白アカシア」より「オデッサの歌」(オデッサ市歌)
https://www.youtube.com/watch?v=Fbm3nf-EYEE
・レオニード・ウチョーソフ「黒海のほとりに」
https://www.youtube.com/watch?v=iIzjCEB0Nu8
・漁船をボラでいっぱいにして……
https://www.youtube.com/watch?v=hDSxfoHWCS8

とはいえ私のやろうとしていることの趣旨には共感してくれ、なんらか協力はしてくれるとのことだった。こうなると逆にじゃぁ先生は今回は大丈夫ですとも言えないから、要するに、会は私の思ったんとだいぶ違うものになる。まず、生歌はない。音楽はスピーカーから流す。そうなると会場にピアノも要らない。とはいえ音はいろいろ使いたい。ユダヤ的なものというと、オデッサびとの鍾愛の楽曲として7-40(семь-сорок)いうのがある。これは死ぬほどよく聞いた。

んで話す内容は、そうはいっても私には私の見聞したことしか語れんから、あくまで「私が見たオデッサ」を語る。ロシア的なものにみちみちたオデッサを。それに対して、オデッサのそうでない部分、ウクライナ的なものとかユダヤ的なものとか、そういう話を先生の方からしてもらう。学識でいうと先生がゾウなら私はミジンコだ。だがそうはいっても私は2年半住んだ、先生はオデッサに行ったこともない。その二人で話して、オデッサについて立体的なイメージをもってもらおうという。それで1万円寄付してくれる人が20人呼べれば20万円だ。これを「ウクライナ越冬支援」の紐つきでUNHCRに送る。


以上の文章を通常の1.1倍の時間をかけて書いた。昨日いったとおり目下私のパソコンはドとレとミとファとソとラとシの音が出ないので、私のような爆速で筆記する人間にはrとyが3回に2回スカるというのは途方もないストエスであり、ストレrスね、ストレス、正直やってられるかという感じだので、仕方ない、きょう私はパソコンを注文した。近場の量販店3軒回って8年ぶりにパソコン買うんですけどどういう基準で選ぶんでしたっけ、あとこのかんパソコンの世界は何がどう進化しましたか、と聞いて、「大して進化はしていないし価格も全然安くなっていない(パソコンというものは型落ちしたからといって値下がりするものではないらしい)」ということをつきとめ、しんどいことだ実に実にしんどいことだと思いながら、12万円するLenovoのやつに決めた。でも一応ネットでも見てみるかとて自分がさっきそれに決めたところの12万のLenovoを価格ドットコムで見たら9万円で売ってたので、通門した。通門。注文。ちゅゆもんね、通門。注文だっつうの。通門。通門だっつうの通門。通門!!注文。

こんな私を憐れに思ってくれるならイベント来てください。
私の文章とっと面白里奈と思ってくれた方、イベント来てください。
私の活動を全体として支持してくれるという方、イベント来てください。

イベントこれない方、よろしければUNHCRへ募金を送ってください。こちら

12月2日

手短に。

私の住んでる市には避難民がまとまって入っていて、「〇〇市在住ウクライナ避難民一同」の名で、市報に広告を出すことを思いついて、それを市役所に持っていった。

〇〇市民の皆さま
〇〇市内の〇〇〇〇〇〇に住まわせていただいているウクライナ避難民より、市民の皆さまへ、お願いがあります。
報道で取り上げられることは少なくなりましたが、ウクライナの戦争は終わっていません。冬の到来を前に、ロシア軍は攻撃の標的をウクライナ軍からウクライナ市民の生活へと向け換え、発電所などのエネルギーインフラに対するミサイル攻撃を繰り返しています。ゼレンスキー大統領によれば、12月1日現在、ウクライナ全土で600万世帯に電気が行き届いていません。それ以外の世帯も、電力が通うのは1日に数時間程度です。
ウクライナは暖房と水道を電力に依存しています。電力がないということは、すなわち、零下10度を下回ることも珍しくない厳冬の北国で、暖房がない、電灯がつかない、蛇口をひねっても水が出ない、ということを意味します。
私たち避難民は、みな故郷に、愛する家族を、友人を、残してきています。彼らが無事にこの冬を越せるかどうか、案じられてなりません。
そこで皆さんに、ウクライナ越冬支援のための、募金をお願いしたいのです。
今回、〇〇市の〇〇局のご厚意で、新たに募金用の口座を開設していただきました。こちらで集まった市民の皆さまからの義援金を、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じてウクライナに送るという計画です。
下記の口座へご寄付を賜りますよう、伏してお願い申し上げます。
口座番号:〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
末筆ながら、平生より市民の皆さまには格別のご支援とご理解をいただき、感謝の念に堪えません。すべての人に冬が優しくありますように。
〇〇在住ウクライナ避難民 一同

これを企画課というところに持っていった。避難民の同意などひとつもとりつけていないが、それは私が責任をもって集める。

市報は市民への影響力が絶大な媒体だ。あと、我らが〇〇市が市として口座を開設してくれれば、何丘ブログをお読みの他自治体にお住まいの方も、正直そこへ募金すれば、ウクライナ越冬支援に紐づきでUNHCRに送れることになると思う。

各所にかけあってもらって、月曜中間報告をもらう。

12月5日

全然だめ。

パソコンが不調だったことと目先のお金のための労働とあと風邪をひいたことが言い訳。止まっている。

市役所から連絡がきた。市報で募金を呼び掛ける件は、ムリだそうだ。

まず、市として銀行口座を開設するというのが無理、それをするには煩瑣な役所的手続きを踏まねばならず、その手続きには1か月からの長期がかかる、越冬支援という喫緊の課題には対応できない。あと、募金には税金の控除がかかるが市の口座に一度集めるとなると市民はその恩恵を受けられないので直接募金を呼び掛けるのが妥当である由。

で、市として口座を特設しないのであれば、たとえば私とか私を筆頭とする避難民一同とかが私人として市報に広告をのせることはルール上不可能であるとのことだ。Oh Lord show me the way

12月10日

やばい一週間だった。自分の何もしなさにおののく。すべては記録されている。プーチンが何を言ったロシア軍が何をした、ゼレンスキーが何を言ったウクライナ軍が何をした、だけでない。そのとき一人の人間(たとえば私)が全てを知りながらいかに何もしなかったかということも。

現状報告

まえ話していたようなことを実行するつもりはある。つまり、私と私の恩師の2人でオデッサをテーマとした講演会みたいなことを行って、聴講者からウクライナ越冬支援のための募金を集める(→UNHCR)。

ただ、また話が違ってきている。当初のプランでは、実施は12月半ば、主として何丘ブログの読者を20人集めて(←がんば!私)ちょっとしたお金を作る、みたいなことであった。だが先生と話し合って、もう少しちゃんとやりましょうということになった。すなわち、ずんだ餅、実施は1月初旬。ちゃんと手間と時間をかけて古巣の早大とかロシア文学会とか各種団体を通じて100人からの人を集めて、もう少し大きいお金を作ろう、ということに。

先生に一枚かんでもらうからにはどうしてもこうなる、ということだ。逆に、先生とやるからこそこういうことができる。

ウクライナに電気がない電気がないという話を、それまでそんなに長く聞き続けていなければならない、と思うとやり切れない(という言い方のうちにも無数の自己欺瞞がある)が、師走に人を集めて何かすることの難しさ、これから忘年会シーズンも始まるし、それはそうであろう、11月とかもっと早くに計画していて12月の今頃実施できたならよかったが、ここまできてしまったら、もう1月にやるのが妥当であろう。

内容は実はもうある。

①オデッサ基礎知識(知識ゼロ前提に)
②文化・言語・歴史の多層性(私が実見を語る限り「ロシア的なもの」に偏った内容になりそう、そこを先生に補強していただく)
③オデッサどんな街(画像・動画を見て楽しんでいただくパート。画像・動画は豊富にある、ここでできれば先生のアカペラで歌(ウチョーソフ「黒海のほとりに」))
④私の体験した戦争そして避難(手短に、2月24日の周辺の体験談)
⑤その後のオデッサ(報道からの再構成にすぎないが、簡単にオデッサをめぐる戦況の推移を説明)
⑥オデッサの現状(ウクライナにとって最も厳しいものになるはずの冬、というところから、募金の流れへ)

都合2時間。プレゼンテーションもほぼある。あとは場所の確保と鬼宣伝。とりあえず来週どこかで(まだ学校やってるうちに)現役の先生に相談しにいく。

以上が今日の「前置き」で、ここからが「本題」なのだが、

仮に1月に100万円集めることができたとしたって大したお金ではない。ホカロン換算6万枚。僅か6万人の掌を12時間暖めることしかできない。どうせ小さいことしかできないんだから、1月のその日の到来を待たずに、より小さいことをいくつかやったっていい。

というわけで、何かやる。引き続き何かやる。ペンネーム何をかだから。ひとつ今思っているのは、1月のイベントが何丘ブログの読者というよりは主としてロシア屋の皆さん(&その卵)を集めて行うもの、いわば何丘の名でなく私の本名でやるものになるならば、それとは別に、何丘ブログの読者だけ集めたより小規模な発表会をやってもいい。それは一種のこのブログのオフ会みたいなことだ。有難いことに毎日見に来てくださる人もいて、お住まいは皆さんバラバラであろうが、東京近在の人でせめて10人集まれるのであれば、12月中にもチャリティおでっさべんきょうかい開いて、んでカンパを募って例のとこへ送る。

というわけで、次の条件みたす方、何丘TwitterよりDMください。
・東京近在
・12月の平日夜まだわりと空いてる日ありますよ
・何丘の話をきいてみたい&募金の意思あり

TwitterアカウントないのでDM送れないという方、下記OFUSEボタンから100円投げ銭していただくと50文字メッセージが書けるはずなので、それでメッセージください。

何丘に「投げ銭」してみる

あと、私のしていること・しようとしていることを全体として応援している、という方、100円といわずここへ投げ銭いただけると素直に喜びます。

という呼びかけとどう両立させればいいのか本当にわからないのだが、あなたが今お金を投じるべきは絶対こちらであるはずなのだ→UNHCRの越冬支援ページ

話をもとに戻す。何しろ10人集まるのであればチャリティおでっさべんきょうかい12月中にも開く。その10人が全員何丘ブログの読者である必要は全くなく、あるひとりの読者と彼が集めた9人でも何の問題もない。私としてはもちろん読者の皆さんと会えたほうがうれしいが。

はぁ・・。

とにかく私はもう少し、自分を売り出すということをやっていこうと思う。何かしたいと思ったときにもう少し自分に動員力を見込めるような数の力がほしい。このブログをもっと人気あるものにしよう。Twitterのフォロワーも増やす努力をしよう。と思った。何かやる。

12月13日

お金を作る。そうしてウクライナに送る。それをしたい。ウクライナの人たちが冬を越せるように。

ものを送ろうかとも考えた。オデッサにホカロン1万個。分かりやすい目標で、応援しやすいかと思った。だが一私人が送っていいのだろうか、ととまどった。送って迷惑でないか、とオデッサ市に聞いたところ、特に返事はもらえなかった。横浜市がものを送ったらしかった。ものを送るって、そういう、オフィシャルなラインでのみなされること(なすべきこと)なのかもしれないと思った。

そんなら一段間接になるが、ウクライナにものを送ることをやっている団体にお金を送ろうと思った。それで色々調べたところ、UNHCRに送るのが一番適当なように思われた。

で、私がお金を作るというときに、私が切り売りできるものの中で一番価値が高そうなことが、オデッサ生活の体験談だった。だから私がオデッサについて語るトークショーを催そうと思った。それしきのことはこれまで何回か各所でやっていて、それなりに評価の声をもらっていた。

で、なるべく大きなお金を生み出したい、というときに、私が持っているテコのなかで強そうなものが、早大露文というブランドだった。私はこの話を早大露文とタイアップで進めることにした。

私の露文の恩師であるI先生と私の二人で、何かオデッサについて話す、トークイベント?講演会?みたいなものを、都内某所で1月初旬に行う。それに100人からの人を呼んで、100万円を作る。ざっとこういう皮算用をした。

・・以上がこれまでのあらすじで、

んで今日、S先生とY先生に会って相談してきた。いろいろ話を伺って、「早大ロシア文学会」と「日本ロシア文学会」に宣伝をかけることにした。前者はニューズレターというもの(紙媒体)を年2で出していて、私も会員であるから送られてきているはずだというのだがズボラな私は住所変更とか出さないのでそんなもの存在も知らなかった。その新年号に向けて募金の呼びかけを出すことにした。

後者は4~500人を擁するメーリングリストをもっていて、そこに①募金の呼びかけと②イベントへの案内を出すことにした。

だが、S&Y先生いわく、このメーリスへの告知で100人の会場は埋まらない、とのことだった。そもそも1月初旬という日の近さで100人の人を集めるのは容易ではないと。それ一回じゃなきゃだめなのか、何回かやる前提で、まずは少人数を集めたらどうか、そのための場所なら提供できる、とのこと。

それで、現在のところプランAは、1月某日、早大文キャン39号館6Fの第7会議室で20人くらい人を集めてやる、ということになっている。メリットは場所代がタダであることだが、デメリットはあまりに僕らのホームグラウンドというか、広く一般から人を集めたいというときに大学の一室というのは一体どうなんだろうという気がする。ハードルが高いのではないか。要するに、リスクが低いが、リターンも少ない。

オトボケを食って帰った。大人になったんだからもう少しましなものを食えばいいのにと思いながら、たまにしか来ない早稲田でそれ以外のものを食う気がしない。メーヤウは数年前につぶれた。しかし「俺たちのメーヤウはもうないんだ」と思っている人に朗報。神保町のばんびという店で同じカレーが食えます。一口食べれば「これだ」と涙すること請け合い。

詰めれば詰めるほど、自分がやるイベントなんぞで大した金は生めない、という気になる。

だが、何かやる。何かやれ、何丘。私は文章がうまいねということだけは人生で1万回くらい言われている。私の文章はときに人にうまいなと思わせるようなものであるらしい。であればその文才とやらを使え。人の心を動かすような訴えをしろ。それによってお金を生み出せ。つまり、募金の呼びかけだ。

ということで、本ブログオデッサ記事と、あとTwitterで、呼びかけをなした。そういうことをした。

12月24日

なんということだ。10日もこの記事更新しなかったのか。俺は一体どういうやつなんだろう。何かするといって何もしねえじゃねえか。

さーと現状報告す。報告錐(底面が報告であるような錐体)

S先生にお願いして大学の事務に2点確認してもらっていた。一、学内イベントでお金をとってはいけないことになっているが募金目的ならば可能か。一、学外から不特定少数の参加者を募っても問題がないか。後者は宮台さんの事件の後で大学の「開かれ」について疑義が生じているかもしれないと思っての一応の確認。で、その回答がまだきていないという状況です。

回答を待たされている間に私の中でもオフラインのイベントをあえて開くことに疑義が生じてしまった。第一に、このほど私の古巣の劇団がコロナの関係で一年準備した公演を急遽取りやめるということがあって、そういうリスクもあるかと改めて目を開かされた。第二に、これがたとえば「チャリティコンサート」であれば純粋に音楽を聴きに来る人というのがいて、その人たちからお金を集められる。だが、「チャリティ講演会」というものに意味があるだろうか。講演会ではそもそもその問題に関心のある人しか来ない、それならばあの手この手で募金を呼び掛けることに注力したほうがいいのではないか。オフラインでなに、オデッサについての発表会みたいなものを開く?そんなの、何かせずにはいられない、何かした気になりたいという、拙者の自己満足にすぎひんのではないか。

でしばらく悶じて、率直にI先生(私がオデッサ発表会をともにやろうと思っているところの)に悩みを打ち明けたところ、自分は意味がないとは思わないとおっしゃってくださったので、基本的には、やっぱりやる。

だが、もう大学には期待せんとこと、正直思ってる。S先生にはせっかく聞いてもらってるので大学からの回答を一応週明けまで待つが、基本的には学外開催にしようと思う。新宿区かどっかの区の会議室、30人も入ればいい、を2時間借りてやる。という考えではある。基本的には1月第2週。だが告知もせぬまにどんどん日は迫っている。その間にもウクライナは凍えている。

あとは、前書いたように、早大ロシア文学会(正式名称は「早稲田大学ロシア文学会」だる由)に一文を寄せた。次のようなもの

早大露文会の皆さま
露文●●年卒の●●●●と申します。各界でご活躍の同窓諸兄姉にお願いがあります。
ウクライナ越冬支援のため、募金にご協力ください。
ご案内の通り、ロシア軍が昨年10月に開始した発電所等ライフラインの破壊により、ウクライナは現在、深刻な電力不足に陥っています。全土で停電が引き起こされ、暖房用の温水や浄水の供給も各地で途絶しています。北国の長く暗い冬に光・熱・水を奪われる市民の不便と不快、心細さはいかばかりでしょうか。
私は2019年7月から2022年3月まで妻の郷里であるオデッサに暮らしました。第一子の出産を妻にとって快適な環境で迎え、そのまま子供が3歳を迎えるまで暮らしてみる、というような考えでした。そこへ2022年2月、ロシア軍の侵攻があり、「ウクライナ避難民」として一家で帰国する仕儀に立ち至りました。オデッサには妻の両親をはじめ大切な家族を残してきています。ウクライナの受難を強烈な心の痛みとともに見守っています。
これを書いている12月半ば現在、オデッサで電気が使えるのは1日に合計8時間程度とのことです。いまウクライナの統治が及んでいる領域の最南端付近に位置するオデッサでさえ、緯度でいえば稚内・宗谷岬よりも北、冬場はマイナス10度を下回ることも珍しくなく、寒波が見舞えば黒海の岸辺も凍ります。ウクライナに残った3000万人がいまどれほど厳しい越冬に臨んでいるかということがお分かりになるかと思います。
露文関係者の中には、今次の戦争に心を痛め、「何か自分にできることはないか」と自問された方も少なくないはずです。いまひとたび、この状況で同じ問いを問うならば、「自分にできること」とは何か、答えは明白であるように思います。信頼ある国際的な慈善団体に募金をすることです。
次のような選択肢があるかと思います。
・日本赤十字社 医療サービス・機器、医薬品など
https://www.jrc.or.jp/lp/kaigai/donation/
・ユニセフ 子供たちの安全・健康支援
https://www.unicef.or.jp/kinkyu/ukraine/
・UNHCR(国連難民高等弁務官事務所) 発電機、毛布、温かい衣服など防寒支援
https://www.japanforunhcr.org/appeal/winter-support
このうち防寒支援に特化した募金先を設けているのはUNHCRで、私自身はこちらに募金を行っています。ただし、こちらは使途がウクライナに限定されておりません。照会したところ、募金の際にウクライナ向けと明記すれば使途の指定は可能とのことでした。とはいえ、あえて指定しないという選択肢も当然あり得ると思います。
ロシアが明確な戦略としてウクライナの市井の人の生活の破壊を行っていることを思えば、越冬支援は①目の当たりの人道危機の緩和に資するのみならず、②侵略者の意図を挫き、戦争を終結させることへの具体的な貢献になり得ると愚考しております。
どうか募金にご協力くださいますよう……加えて、もし可能ならば、皆さまが属しておられる組織・人間関係に働きかけて、共感と共苦の輪を広げてくださいますよう、伏してお願い申し上げます。
●●●

この記事をお読みで、趣旨に賛同いただける方は、なにとぞご協力を願いたい。本当は私が「お願い」するのはおかしい、どちらかというと「お誘い」という気持ちだ。一緒にしてみませんか。一緒に「元気玉」作ってみませんか。

12月31日

この間オデッサの義父母のもとに私たちの荷物が届いた。

EMSで出した。私たちが荷物を郵便局に預けたのが11月29日、それが11月30日に日本を発って、12月20日にキエフに到着して、んで12月22日にはオデッサに着いたということだろうか。ウクライナは小包は基本的に宅配されない、最寄りの郵便局に留置される。それを義父母が取りに行ったのが26日ということだ。

なにしろ1か月弱で届いた。1か月弱かかった。

主たる内容物はカイロ150個だが、あんまピンと来てないみたいだった。カイロというものをはじめて手にした人たち。そのうち価値がわかるであろう(と思うが)。他の、ヒートテックの衣類とか、ちょっとしたお菓子とかは大変よろこばれた。

ところで、いいものを、私たちが荷物送ったと聞いて義父母のほうも負けじと荷物を送り返してきた。主にたろちゃんの新年祭プレゼント。12月6日発送で、元日には間に合わないだろうと思ったが、それが間に合いやがった。

こちらはEMSでなく普通の航空便。12月6日に預けた荷物が26日に日本に入って、そこからは早い。

これ書いているいま、まだ開封していない。楽しみである。オデッサから「雪だるまが運んできた」という物語にするようだ(妻)

このように、オデッサに荷物は送れる。オデッサから荷物が届く。


さて、例の件だが、

人を巻き込もうとすると時間がかかる。というのは言い訳だろう。私が熱量を見せないからだ。私の巻き込む力が弱いからだ。

何しろ1月初旬にオデッサをめぐるトークショーみたいなものを開いて、聴衆からウクライナ越冬支援のための募金を集める、という企画であった。それを私一人だと心もとないので私の大学時代の恩師であるI先生と二人でやる、ということで、I先生と細かく連絡をとりつつ話を進めてきた。I先生はもう引退されているので、現役のS先生ならびにY先生にも相談しつつ。

んで、大学内の某場所で開催しようという話にまとまりかけたが、ニュアンスのところを詰められず、いったんはあきらめて、新宿区の会議室、具体的には地下鉄東西線早稲田駅徒歩7分の榎町地域センターいうところ(https://enoki-chiiki.tokyo/)ないし青山のUNHCR駐日事務所にて開催ということになろうとしたが、けっきょくは諸先生方の意見を容れて大学内で開催ということになりそうだ。依然として「なりそう」のレベルである。人を巻き込もうとすると時間がかかる。というのは言い訳で、私にもっと力があればそれでももっと巻けた。いくらでも巻けた。

というわけで、オデッサをめぐるトークショー的なやつは、次のようなことになりそうである:早稲田大学戸山キャンパス内のどっか大きい教室で1月20日以降なるべく早い日に開催。それに向けて何しろいろいろ動くことになるが、年明けからだ。いったんできることはない。溜息をついている。

「「何かやる。」」だそうだ。

あと2つ、これとは全然違う切り口で、アイデアがある。これも年明け実現に向けてがんばる。まだ冬は長い。「今さらやるのも」とだけは言わないでおこう。たしかにかっこ悪いことだ、これほど冬が深まるまで日を過ごしてしまったことは。けれどもmeglio tardi che mai、遅れてもやらないよりまし。私の言葉でいえば「遅れはneverの対義語」じゃ。

(情けない)

1月6日

何もやっていない。

年末年始で足踏みしてしまった。その間にウクライナは記録的な暖冬となって、敵のインフラ破壊キャンペーンも下火になり、私自身も切迫感を失った。というより、今は募金とか訴えても人に響きにくい状況だと思った。人はそこまでウクライナの状況を注視してない。私がウクライナが凍えているとか言っても何人かは信じるだろう。だが何人かからは信用を失う。だから、私の十八番のレトリック、「オデッサは温暖なビーチリゾートというイメージに反して緯度でいえば宗谷岬より北である」とか、「現在ウクライナの統治が及んでいる領域の最南端付近に位置するオデッサでさえ真冬になれば黒海の岸辺も凍る」とか、今言ってもちょっとな、という気がした。

とはいえ冬は長い。2月をウクライナ語でлютийという。「凍(しば)れる」という意味の形容詞。酷月(むごつき)と個人的には呼んでいる。要するに古来一番寒い月は2月ということだ。正月の暖かさは天祐といっていいが、まだもう何波か寒波もくる。寒波に合わせて蛮ミサイルも飛んでくる。必ず。そこはロ死アさんを信用していい。

その事態に備えて、お金を集める。私が持っている少しは価値のあるもの、売れるものを売る。売って、その売り上げを、ウクライナの防寒支援に向ける。売れるような私の持ち物とは何か。私は文章がうまいということだけは人生で一万回くらい言われた。その文章の力を売る。その文章の力で売る。端的にたとえばUNHCRへの募金を呼び掛ける、その際に言葉の力を限界まで使って(「無限刃の全発火能力を解放」)、態度変容と行動を促す。

あと私に売れるものは何か。私が2年半をウクライナに暮らしたということ。そこで見聞きしたこと、体験したこと、住んでたからこそわかるディテールとニュアンス。それから、素人なりにこの1年ウクライナ戦争を追いかけてきた、その間いろいろなことを考えた、だからこそ言えること。そういう話も誰かには面白いかもしれない。ならそれを売る。それをして、お金を集めて、そのお金をウクライナに送る。

そこに私が持ってる一種の人脈、持ってるというのはおこがましい、私の「すがることのできる」いくつかの人脈、たとえば私の母校である早大の露文科、これをかけあわせて、何かする。何をするのか。まぁ一種の講演会のようなことをする。恩師のI先生にもお出ましをこうて。

【プランA】は、早稲田の文キャンの大きめの会場を借りて「早稲田大学ロシア文学会の公開講演会あるいは公開シンポジウム」として行う。だが冬季休業あけは期末試験とか卒論だ修論だ入試だで大学暦が立て込んでくるので、技術的に難しい可能性がある。

【プランB】は、学外にどこか小さな会議室を借りて、そこは前に名を挙げた榎町地域センター(https://enoki-chiiki.tokyo/)とかでいいと思う、そういうところに人を集めてやる。ただし「対面とオンラインを併用」して、所在を問わず参加できるようにもする。

AがダメならB、という順序である。スピード感的には、来週火曜までにAの可否を確定して、希望としては1月末~2月初旬に開催する。Aの場合はずれ込むかもしれない。Bの場合はむしろ確実に1月末~2月初旬に開催する。

何しろやらないという選択肢はない。だがこの会は集金力ということでいうと私の自己満足と言ったほうが当たっているということになる可能性もなくはない。だからこれに終わらず、思いついたことは他にも何でもやっていかねばならない。私に何が可能か。そうそう、このブログ、今は「何丘ブログ」という名でやってますが、もともとは「今から何が可能か」というヘンな名前のブログでした。

1月9日

特に言うことがない。とだけ言うための更新。

11日にS先生・Y先生にI先生も交えて4人で話す。恐らくは、1月28日の早大露文会秋季講演会にくっつける形でzoomで何かしゃべる。それに向けた作戦会議。

もちろん私が出てくるパートは、早稲田とか露文とか何の関係もない人にも開かれた形にする。だがリアルでは集まらない。十中八九、オンラインのみになる。私の苦手な形だがしょうがない。

とにかく11日に作戦会議する。本来私はこの人たちに交じってる資格はない。この浅学な怠惰な成れの果て野郎が、本を読み、知的な深化・上昇を際限なく続けるこの修行の人たちに伍して何かしゃべっていいわけがない。だがことウクライナの、ことオデッサのことに関しては、先生方にできないような話を私ができるというのは本当だ。そんで私にお金を集めるという意図がある、そのために使えるテコは何でも使うという意思があるのだから、すいませんけどやらせてもらいますということだ。

とにかく、11日まではこの話は進まない。次の更新は11日になる可能性が高い。

1月12日

さしあたり何をするか決まった。

1月28日(土曜)15時半~何丘が一人でZoomで1時間くらい何かしゃべります。平和だったころのオデッサの話、そのオデッサにこの1年何があったか、んで今どうなっているか。そんで募金を呼び掛ける。

下記のイベント(2022年度早大露文会秋季公開講演会)に便乗する形になる。

南平先生の講演本編が15時半ごろ終わって、そのあと私が出てきて1時間くらいしゃべる。これは別に、早稲田とか露文とか全然関係ない人でも、誰でも聴講できる。これをお読みの方、1月28日の土曜日の午後です。あけといてください。ぜひ参加してください。

参加希望者は、露文ホームページで事前登録をするのだそうだ。してください。

私がする話は、ブログでさんざ書いてきたことだ。少数の熱心な当ブログ読者には大概が聞いた話の繰り返しになる。取柄があるとすれば、図版が多いことだ。このブログはストイックに文字文字文字文字でやっている。だが子供の成長記録とTwitterでの人気取りのために、向こういたときは結構な量、写真撮っていた。秘蔵の写真を大量に公開する。私がオデッサオデッサいう、そのオデッサとはヴィジュアル的にどんな街なのか、私がダーチャダーチャいうそのダーチャってどんな感じ、どんな暮らし。オデッサ市内またオデッサ郊外の観光名所、景勝地。その図版を豊富にお見せする。そういうことは多分このブログ上では今後もやらない。

んで大事なのは、私の話が少しでも面白かったら、お代を置いて行ってほしい。そのためにやっている。私に払うんじゃない。私に免じてウクライナ越冬支援を行う国際的な信頼ある慈善・人権団体に寄付をしてほしい。それは必ずお願いしたい。私の話は必ず面白い。だからあなたは必ずお代を払ってくれ。ください。

お代というのもおかしな話だ。きっと自ら心が動くと思うのだ。これは、この生活は、守ってやらなならんよね、と。そうなったら、その心の動きの大きさに応じて、一灯ともしてほしいのです。そうなるように、しゃべってみます。

「二の矢」について

この1月28日のやつは私が一人でしゃべる。zoomだし、持ち時間が短いので。

だが私の狭い・偏った話、「一人のなんでもない男にオデッサ/ウクライナはこう見えた」報告に、スラヴ民俗学・ウクライナ文化史に詳しいI先生から都度補注をいただくという、二人体制の、より豪華なトークイベント、この記事でずっと言ってるそれは、それとして絶対に催したい。

いまの考えは、ここにさらに一人、同じ露文のOBで、1年前にはウクライナ大使館勤務であったHさんも交えて、2月24日の侵攻開始から丸1年のタイミングで、「そのときウクライナに住んでたやつ」何丘、「そのときウクライナ大使館に勤めてた人」Hさん、「遠方にありて俯瞰的に状況を見ていたスラヴ研究の大家」I先生の3人で、いわゆるハイフレックス(対面+オンライン併用)でトークイベントを開く。約1名の馬の骨を除いて大変豪華な陣容。これが本丸である。

このイベントに多くの人を呼び、多くのお金が集まるようにしたい。そんでどういう会場を借りるかは、1月28日のzoomのやつにどれだけ聴衆が集まるかにわりとかかっている。だから1月28日、その意味でも、多くの人にご参加いただきたい。

重要な注意点

私のつまらん……いや止そうそんな言いぐさは、私の超おもしろくてためになる発表は15時半くらいからなのだが、それは体裁的には飽くま南平先生による早大露文秋季公開講演のオマケである。もともと南平先生のお話を聞くために数十人が集まるところへ、私がお邪魔して募金の呼びかけをするのである。だから何丘ブログから聴講に出かけられる方は、くれぐれも、14時~の本編からご参加いただけるようお願いする。南平先生の発表は私自身大変楽しみにしている。バジョーフの『医師の鼻』おいおい『石の花』というのは愛らしい掌編で多分図書館とかで簡単に借りて読める。私はその昔劇団でこの作品を演出・上演したことがある。とかいいながら大概どんな話か忘れているので、読み直して、また何丘ブログ上で作品紹介などしてみたい。

何しろこちらからご予約ください。→早大露文HP「2022年度早大露文会秋季公開講演会のお知らせ」

私の臨時追加講演については追って露文HPに告知文が出ると思う。(もう書いた。たぶん週明け掲載)

1月17日

1月28日(土)のイベントについて露文HP(こちら)に告知が出た。まんま転載する。

ロシアによるウクライナ侵攻に関わる特別追加講演のお知らせ(2022年度早大露文会秋季公開講演会終了後)
2023.01.17

1月28日(土)に開催される2022年度早大露文会秋季公開講演会の終了後に、「露文会会員が見たウクライナ(危機)」と題して、会員の林愛子(露文2015年卒)・和田達朗(同10年卒)の両氏に、ご講演をいただきます。

林さんは2020年7月より2022年7月まで外務省専在外公館専門調査員として在ウクライナ日本大使館に勤務し、対ウクライナ広報・文化政策を担当していました。在任中に日本大使館の職員として、ロシアによるウクライナ侵攻に直面。ウクライナとポーランドの国境付近の街であるジェシュフに臨時設置された連絡事務所での勤務も経験しました。今回は、ウクライナでのお仕事や退避先での自身の経験を踏まえたお話をしていただきます。

和田さんは2019年よりウクライナのオデーサ(オデッサ)に住み、ロシア軍のウクライナ侵攻を機に、2022年3月に緊急帰国されました。現在は電力不足に苦しむウクライナの越冬支援のための募金活動に注力されています。今回は「ウクライナ戦争とオデッサ」と題して、ロシアによる侵攻が始まる前の平和なオデーサを写真で振り返りつつ、今日ウクライナが直面している問題について、お話ししていただきます。

追加講演は、両氏合わせて1時間程度を予定しています。ロシアによる侵攻の前夜にウクライナに居合わせた会員の「生の声」を聞き、今日の問題について考えを深める良い機会ですので、南平先生の講演後のこの会にも、是非、ご参加ください。

*林愛子・和田達朗の両氏による講演は、南平かおり氏による秋季公開講演会後(1月28日(土)15時30分頃を予定)に、続けておこなわれます。

*参加を希望される方は、以下の事前登録用URLよりご登録下さい。
https://list-waseda-jp.zoom.us/meeting/register/tJUldu2spzoiGdeFEZkpqyd7dY2gnWgGGlVt
*このURLは、南平かおり氏による秋季公開講演会の登録URLと同一のものとなります。南平氏の講演会のお知らせは下記をご覧下さい。
https://www.waseda.jp/bun-russia/?p=431

和田とあるのは何丘が講演会とかするときの変名である。

座組が当初予定と変わった。1時間という持ち時間を林さんと折半することになった。30分では何も話せないと思う。本来こういう場で何かしゃべる人はロシア文学に興味あるような人に知的に裨益することだけを考えてしゃべるべきなのだろうが私にはよこしまな目的がある。私の話を、ウクライナ越冬支援の募金のきっかけにしてほしいのである。だから私の話す内容はすべてのその目的に奉仕することになる。

したがって、私は、自分の乏しい戦争体験、2月24日の侵攻開始から3月8日までウクライナにいたので、その二週間のうちに内側から体験した(とすら言えるかどうか)戦争については話さない。そこから10日の東欧遍歴を経て幼子を連れてどんなふうに日本へ避難したか、そういう話もしない。日本に来てからのウクライナ避難民との交流とか支援とか、そういう話もしない。

私はただ、1年前のオデッサのニューイヤーがいかに光彩にあふれていたかを語るだろう。それが今年は露軍の糞ミサイルによる電力喪失で暗闇の中に塗り込められてしまった。また、オデッサの人たちが夏場、いや冬さえ、黒海の浜辺に遊ぶことをどんなに愛していたかを語る。ビーチは地雷原と化し、オデッサ市民の基本的人権であった海水浴は公式に禁じられた。波打ち際に漂着した機雷に触れて、ひと夏で8人が死亡した。

ほか、私たち一家が夏の行楽でヘルソン州のドニエプル・デルタでどんなに楽しく釣りに興じたか。ニコラエフ州唯一の被占領地であるキンブルン砂嘴について。南部のオデッサでさえ冬がいかに寒いか。オデッサにうじゃうじゃいる猫たちがいかに熱併給発電所から各戸へ延びる温水パイプラインで香箱を組み暖をとっていたか(そこを温水が通らなくなったら、猫たちは一体どこで暖をとったらいいのか?)。それらを語るための図版は豊富にある。写真とか結構とってたからね。そういう話をする。直接の体験としてそういう話ができる人はちょっといない。

あわせて興味あるのは、林さんの発表である。大使館の職員はウクライナ戦争前夜に、また当夜に、またその最初の数か月、何を考え、どのように業務にいそしみ、日々を生きていたのか。私自身大いに興味をそそられるところだ。多分は、私よりもこの林さんの発表時間が短いことに、多くの人はフラストレーションを感じられるのではないか。私と違ってブログなどもやっていなく、アウトプットの場を特に持たない由なので、そのお話は大変貴重である。話せないことも多いと思うし、30分というのはあまりに短い時間であるが、聞く価値は絶大と思う。

もうひとついうと、私と林さんの「特別追加講演」は飽くまでオマケであって、早大露文会秋季講演会の本編は、あくまで南平先生のバジョーフ『石の花』をめぐるものである。私はこの作品に個人的な思い入れがあり、大変楽しみにしている。『石の花』、読んだことない人も多いと思うが、ごく短い読みやすい、愛らしい小品なので、この機会に皆さんにも一読をお勧めしたい。本ブログで近日中に『石の花』について紹介する記事を別に立てる。

南平先生の本編講演は、1月28日(土)14時~
和田(こと何丘)・林のオマケ講演は、その終了後、目安15:30~。

形式はZoom。どなたでもご自由にご参加いただけるが、事前登録が必要。露文HPよりお願いします。こちら

1月19日

もう少し視野を広げなければ、あと、事実をちゃんと知らなければと、下手なりに情報収集していた。

⑴いま何人のウクライナ人が日本にいるのか

まず、出入国在留管理庁によれば、日本に入っているいわゆるウクライナ避難民は、1/11時点で2243人です。

男女比は女性3:男性1。実数で女性1662人、男性581人。

日本への入国時期は、大半が昨年の春だが、この11・12月も80人ほどが入っている。少なくない。

都道府県別で見ると、東京567人というのが飛びぬけていて、以下、大阪157人、神奈川150人、福岡123人、兵庫107人でトップ5を構成している。

で、避難民以外にも、ロシアの侵攻以前から日本に住んでいたウクライナ人というのが当然いて、その数は、在日ウクライナ大使館によれば、2020年7月現在で1940人だそうだ。

もともと2000人くらいいて、新たに2000人くらい避難してきた。都合4000人くらいが日本にいる、ということでよいか。

⑵いま何人のウクライナ人が日本にいるのか、など知ってどうするのか

ウクライナ人が日本に4000人いる。この4000人全員の署名を集めて日本国民ないし政府、企業に向けてウクライナ越冬支援を訴えるならその力は馬鹿にならないと思った。

私がブログとかTwitterとか、またある種のイベントに数十人の人を集めて募金を訴えたところでたかが知れている。もっと大きなものを動かさねばならない。だがそれをするには私は何者でもなさすぎる。だが避難民を含めて今日本にいるウクライナ人数千人が私たちの故郷のためにお願いですと声を上げれば、それは何かだ。それは力だ。

とりあえず私が身近に接している、私が現住している東京三多摩某市の二十数名の避難者から署名を集める。それを水平展開して、なんとか増やせるだけ増やしてみたらどうだ。ということで、とりあえず、訴えの文章を作った。

毎度、おかしのなにおかです。
ウクライナの現状に心を痛めています。とりわけ電力をめぐる状況に。私ごときですらそうですから、いわんや皆さんにおいてをや。その関連でひとつ提案なのですが、集団嘆願書というものを私たちで作ってみませんか。ウクライナの越冬のための資金を集めるべく日本市民に訴えるのです。皆さんが日々感じていること、皆さんの故郷の街は今どんな状況なのだか、なぜ今ウクライナにお金が必要なのか、一言ずつ、声を寄せ合ってみませんか。
その嘆願書をどこに送るかなんですけども、まず日本で最も利用人口の多いSNSであるTwitterに流してみるのはどうでしょう。私には一応2700人のフォロワーがTwitterにいまして、また私などより遥かに影響力のある人たちに拡散を頼むこともできます。また、私はロシア文学とかスラヴ文学研究の学術サークルと一応つながりがありますので、そこらへんに拡散を依頼することもできます。また、我々の集団嘆願書を民間企業に送るというのもアリだと思います、たとえばハイテク衣類メーカーであるUNIQLOさんとか、ホカロンの製造元であるロッテだとかに、貴社製品を人道支援としてウクライナに送ってくださいと頼むっつー。
お金をどこに集めるかなんですけども、今のところそのために特に銀行口座を設けるということは考えていませんで、既存の募金先がいくらもありますので、たとえば赤十字とかユニセフとかUNHCRとか、そういう信頼ある国際機関の募金先を例示すれば十分だと思います。

これがベストなやり方かどうか、自信は全くありません。それでもひとつ確信していますのは、避難者の心からの訴えは、きっと日本人の心を打つだろう、ということです。
ざっとこんなアイデアです。同調共鳴してくださる方は、ぜひお声をお寄せください。Google フォーム展開しますので、名前と、あと一言メッセージ、お寄せください。一家でお住まいの方、なるべく各人の分をお寄せください(誰か一人が一家を代表するのでなく)。数は力だと思いますので。集まる声が多ければ多いほど、社会に与えるインパクトもより大きなものとなると思いますので。

以上はロシア語で書いたやつを自分で日本語に訳したのだが、これをひとまず某所に投げる。

いろいろ思う。いろいろまずいところがあると思う。Googleフォームというのは最善手ではないだろうと思うし(「顔」が見えにくい、多重投票を排除できない)、お金の行き先について第三者機関に下駄を預けるというのは如何なものか(たとえば、外ならぬこのアクションによっていくらのお金がジェネレイトされたのかが見えない。集めます・いくら集まりましたと明示されてあることが募金者のモチベーションにもなるだろうに)とか。

何より、私みたいな、ウクライナ人でもないやつが、こういうことを言いだすことを、ウクライナの人たちはどう思うんだろう。恐ろしくハズしているのかもしれない。全然ノリがちがうかもしれない。(げんに妻は、別段応援してくれてもない)

わからんけど、多分、三多摩某市の二十何人に対して呼び掛けるだけのことは、少なくともするのだと思う。Googleフォームも実はもう作ってある。わからん。何にもならないかもしれない。

⑶ウクライナ支援を行う団体ってどんなのがあるのか

これも少し勉強してみた。

日本ウクライナ友好協会KRAIANY

在日ウクライナ人のNPO「日本ウクライナ友好協会KRAIANY(クラヤヌィ)」というのがある。

各種イベントを開催してウクライナ語とかウクライナ文化の普及に努めてるっぽい。子供たちにウクライナ語を教える日曜学校もやってる由。Webサイトはウクライナ語・ウクライナ文化・歴史・街の紹介(オデッサ含む)など情報充実。こちら

ここも募金の窓口を持っている。「寄付いただいた資金は、食料、医薬品、医療機器、発電機や輸送用の燃料などの調達に使用されます」だそうだ。

少なくない数の在日ウクライナ人を束ねていると思しいので、先に記した企画を水平展開する際にはさしずめここに声をかけるのだろう。

日本ウクライナ文化交流協会

大阪を本部とする、なんだろう、やはりウクライナ関連の講演とか交流イベントとかを開催してる団体。

ここもロシアのウクライナ侵攻の関連で募金を集めたり、それこそカイロを送ったり、現地のNGOと協力して「比較的安全な」ウクライナ西部に避難所を作るなどの取り組みを行っている。→日本ウクライナ文化交流協会

学生団体Student Charity for Ukraine

日本の学生たちがウクライナ越冬支援として防寒着など送るために立ち上げた団体。

Webサイトおよびインスタを隅々まで見て脱帽・嘆息していた。本当に偉い。実行している。翻って俺。口ばっか。いちおう言葉もできるのに(ロシア語だが)何もしてない。情けない。

「防寒着送る」という分かりやすいワンミッションで、547万円集めた。それで9000着送る。もう送っている。もう5358着送った。

尊敬する。親しみが持てる。好き。組んで何かするならここ。(とか、何様だよ。俺が彼らの役に立てることなど多分何もない)

なお、ここはUAid DirectというポーランドのNPOと組んでやってる。このNPOも募金を受け付けている。ここでもいい。why not。私がふだん言うのは赤十字とかユニセフとかUNHCRとかだが、それは分かりやすさの観点からだ。別にそこじゃないといけないわけじゃない。

⑷日本のいろんな団体がどんな「声明」を出してきたか

日本ユーラシア協会「日本ウクライナ交流センター」のHPにWeb上で読める/見られるウクライナ戦争関連のリリースが並んでいる。思ったこと2つ。まず、ウクライナ関連情報の入手先としてたとえば「ウクルインフォルム」日本語版が紹介され、ウクライナ支援団体として上に取り上げた「日本ウクライナ友好協会KRAIANY」だとか「学生団体Student Charity For Ukraine」だとか並ぶ中に、「何丘ブログ」は載ってないのだよなぁ、そらそうだよなぁ、とおもった。卑小を感じた。ワタシモタタカッテルツモリナノコレデモ。私ノ<前線>。

もうひとつ思ったこと。2022年の2月から3月にかけて、実に多くの団体が「声明」を出したものだなぁ。新日本婦人の会「ロシアのウクライナ侵略に断固抗議し、即時撤退を求めます」。全国保険医団体連合会「ロシアは即刻軍事行動を停止し、ウクライナから撤退せよ」。東京のうたごえ協議会「ウクライナへの侵略、ロシアは軍事行動を直ちに中止せよ!」東京音楽大学「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻について」。東京外大とか北大スラブ・ユーラシア研究センターとか日本ユーラシア協会とかはさすがに露語含むマルチ言語展開だったが、多くの声明は日本語でのみなされた。なんの意味が……すません、あるんだろうって、思っちゃいました。

とかいって私も声明を出したのだった。何丘マニフェスト。日本語でだけ出したが、それは、こいつが日本で日本人に回覧されることに意味があるものだからだ。声明群の中ではわりと異彩を放っていると思うが、どうか。

2月5日

ひとつのことをやった。

というか、ひとつのことをやるために、必要な予備的動作をとった。最初の一歩を踏んだ。二歩目は私でない、誰かが歩く。そいつが歩かないかもしれない。であればこの道はもう先へは延びていかない。

まぁ、なんだ、言うと、在日本ウクライナ人の皆さんによる寄せ書きみたいなものを作って、それをテコに、たくさんの日本人から少しずつお金をもらって大きなお金を作って、それをウクライナ越冬支援に送ろうという。その寄せ書きへの参加の呼びかけを、すいませんけどウクライナ語ヘボいのでロシア語で作って、ほんで某所に掲示した。私の住まう三多摩の某市にまとまって住んでる避難民の皆さまが確実に見る場所に。

ガワと肉からなる。まずガワはこんな感じだ。

ざっと訳すと

ワタシです。きょうは皆さまにお願いっつーか、があります。私はいうてウクライナ人ではありません。でも痛みをともにしています、この冬の期間に光と熱を奪われた人々と。わが街オデッサも苦しんでいます。(東部や南部の前線付近の街々については何をかいわんや)
つきましてこれまで私は個人的にちょっとした募金への呼びかけみたいなことをやってきたのですけど成果は非常に限定的です。そえで思ったんですけども、ここはひとつ、集団嘆願書というものを作ってみませんか。日本在住ウクライナ人の連名で。そしたらより大きなお金を生み出せるような気がするのですけども。
だめでもともと、ひとつやってはみませんか。参加は簡単で、下に掲げるQRコードからGoogleフォームに飛べますので、そこにコメント書いてください。詳しくはそっちに書いてあります。
何卒ふるってご参加を。数、が大事です。なるべく全員参加してほしいです。8日(水曜)までにご回答ください。

ほんでGoogleフォームはこんな感じである。まず前半

皆さまこいつがその応募票っつーかでございます。何しろ書いてほしいのは、今のウクライナの状況について皆さんがいま感じていること、皆さんの故郷の街が(あるいは国が)いまどんな状況なのか、なぜいま皆さんの故郷に支援が必要なのか。です。短くてもいいです。でも人を募金に駆り立てるような何かぐっとくるような言葉を連ねてくれると良いです。とはいえウソを書く必要はなにもありません。ウクライナ語でもいいですし、ロシア語でもいいです。最終的にはぜんぶ日本語にします。

重要なお断り。これは戦費調達の訴えではありません。日本社会は平和主義が根強く「戦うための支援」には抵抗感がある人もいます。ひとまず越冬支援ということにメッセージを絞るのが得策、と考えるゆえんです。

繰り返しますが、我々の目指すところは、ウクライナ人道支援への募金へと日本の人たちを促すことです。そのために特別に銀行口座を開設することは、現時点では考えておりません。我々の集団嘆願書に添えて、赤十字、ユニセフ、UNHCRといった主導的な国際人道組織の募金ページを紹介するので十分ではないかと考えております。

んで後半。

それで我々の集団嘆願書というものが出来たとして、ではそれをどこに送るのかということなんですけども、まぁ色々あると思います。たとえば我々の住まう三多摩某市の市役所に掛け合って市報に載せてもらうということがあるかと思います。したら人口〇万人を擁する我らが市のほとんどすべての人にメッセージが届きます。あるいは、ツイッターやらいうSNSで拡散するという手もあると思います。不肖何丘、形だけにせよ一応2700人のフォロワーがいますし、自分なぞより遥かに強力なインフルエンスをもつ人たちに拡散を頼むこともできます。あとは数さえ集まれば大きな企業も動かせるのではないかと。一例ですが、ヒートテック作ってるユニクロとか、ホカロン作ってるロッテとか、そういうところに送ってみてもいいかもしれません。嘆願書をね。そしたらモノを送ってくれたりしないものでもないかもしれない。
こうしたアプローチが本当に正しいのか、100%の自信はないわけですが、それでもひとつだけ確信していますのは、ウクライナ人の心からの叫びはきっと日本の人たちの心を動かす、ということです。この私の考えにおおよそ賛同してくれる人は、どうぞお声をお寄せください。ご家族でお住まいなら、なるたけ家族の全員から一声ずつメッセージをください。誰か一人が一家を代表するのでなしに、全員。数は力なり、数だいじ、と思いますれば。数が多ければ多いほど、それだけ社会に与える影響力は多いと、こう揣摩いたします。

追伸。なんでしたらこのあれを、日本に住まう他のウクライナ人の人たちに伝え・拡散なさっても、苦しうありません。基本的に避難民であるかそれとももとから日本にいたウクライナ人であるかは問題ではないと思います。

で皆さんに書いてもらう部分はこんな感じ(シンプル)

お名前
_______
コメント(今のウクライナの状況について皆さんがいま感じていること、皆さんの故郷の街が(あるいは国が)いまどんな状況なのか、なぜいま皆さんの故郷に支援が必要なのか)
_______

以上。

こんなあれを、ひとまず某場所に掲示した。

文面に既視感を覚えた人もいるかもしれない。1月19日付で「こういうことをやろうと思っている」という段階の話として、この話はした。二週間も曠日弥久してやっと実行したのだ。なんでそんな遅れたか。一つには、テクニカルな問題だが、というとなんかすごそうだが実際大したことないことなのだが故にこそ詳述しない、が、このアピール文が効果を発揮するだろうタイミングを時局を見ながら待っていた。

んでもう一つには、最も身近なウクライナ人である妻(わが糟糠の妻)の理解と共感を得られなかったということがある。正直その一つだけで私の意思がくじけるには十分であった。この一人の人の理解を得られないのであればこんなんやっても意味なんかあるわけないと思った。これも詳述はできないが、要するに、①私のやろうとしていることはウクライナの状況にとって本質的でない、②にもかかわらず、私たち家族の家計にとっては本質的なほど多い時間と労力を私はこれに費やそうとしている、「だから支持できない」と。

この「集団嘆願書」は、成立しない可能性が全然ある。ウクライナから来た人、一人一人の内心は千差万別であろうと思う。私のイニシアチブは誰か(あるいは多く)にとって、全然ピントの外れたものか、もしかしたら愚弄と感じられるていのものですらあるかもしれない。だが私の呼びかけ文の文面から一つだけ汲んでほしいのは、私は皆さんに千差万別の想いがあるのは見越したうえで、最大公約数的な一致点を探そうとしているのだ、ということだ。このタイミングで多くのウクライナ人が一致できてまた日本社会にアピールしうる結節点となるイシューは、越冬支援、それであろう。そう考えてのことだ。

全然回答ないかもしれない。だったらそれまでだ。Попытка – не пытка. 誅されるなら誅されよう。人間にはこういう経験も必要だという、そういう経験をしよう。

チャリティ講演会?

さる1月28日にはプチ講演会みたいなことをした。同じ趣旨で別の日・別の場所でも何かやろうと思って、それで、話す内容はもうあるし、メンバーももういるのだから、あとは場所さえ決まれば時間も決められて告知もできる、という、←今ここである。つまり、この数週間何も状況が動いていない。私はもう正直、募金を訴えるのがいやになった。それを目的にして何かやるということももういやになった。予言されているロシア軍の大規模攻勢が始まれば、越冬支援というテーマも全然ホットではなくなる。まるで違うフェーズに入ってしまう。

場所に関しては某所に照会をかけていてその回答を長く待たされている。何を待ちどこを攻めるかという判断が私は全然だめ。

個人で何かする才覚がない、自分はむしろ誰かに使われた方がよい、という気がしている。ああ、いかんいかん、暗い、よくわかんない気持ちになってきた。とりあえず一つのことに関しては今日ボールが自分の手から離れたのだから明日は次のボールで遊ぼう。遊ぶ? 仕事しよう。仕事?

2月11日

「何かやる」と題するこの記事の更新は今日をもって終わる。

例の越冬支援求めの寄せ書き企画だが、回収に成功したのは、0件であった。一筆も集まらなかった。

ショックではない。いやショック……ですよ。でも「恥ずかしい」という気持ちもあるし、何より「たいへん勉強になりました」というのが強くて、言ったらラー油だけで食べてるのでなく酢も、何より醤油も使って合わせソース作ってるので、ショックはショックだけどそんなにそればかり鋭敏には感じない。この場合ショックがラー油で恥辱が酢、「たいへん勉強になりました」が醤油。主として醤油の味を感じてる。「人間にはこういう経験も必要だ」というそういう経験をしよう、という言い方を事前に開発しておいてよかった。まさにそういう経験をした――人間にはこういう経験も必要だ。

なぜ一筆も集まらないのか? 一筆すら集まらないというのはどういうことのなのか、これをどう理解したらいい? ちょっと皆さんも考えてみてくれませんか。てかむしろ皆さんの方がその課題を引き受けてくれませんか。呼び掛け文の文面は前回更新(2月5日付)で全面公開している。翻訳はふざけた調子を含んでるけどロシア語原文のほうは至って真面目に書いたつもり。前提として、私は同じ街に住む25名のウクライナ避難者に向けてこれを書いた。この25名は全員私のことを知っている。関係性は濃淡あるが、別に誰からも嫌われてはいないはずだ。5名ほどとはかなり仲もよい。詳細は秘すが、確実に全員の目にふれる方法で告示した。

3つ、仮説がある。第一に、私の信用力が弱かった。私個人の人格のというよりは、これをやったとて私に任せて何か意味のある結果が出るとは誰にも思われなかった、そういう信用は私にはなかった。第二に、ウクライナが直面している様々な問題の中で、電力不足だの越冬支援だのは、皆さまにとって些末な問題であった。明らかに存在する本質的な問題をわざとのように迂回して些事に拘泥している私はさしずめズレたやつ、イタい奴、うざい奴であった。第三に、人は〇〇人である前にその人自身なのであって、ふるさとの窮境なんてものは、日本に来て8、9か月のこの人たちには、もうぶっちゃけ大した関心事でないのであった。カメラの前でマイクを向けられればもちろん私の祖国がいま大変な目にあっているといって涙さえ流し得る。それはそれで真実なのだ。だが彼らはげんに日本にいて、武蔵野は早や梅も咲き綻びつつある、それこそ「春風駘蕩の感化力」にさらされて、なんかもうどうでもよくなっちゃってる……としても、それはそれで人間の自然だ。

ともあれ、ウクライナ人自身から反応ゼロでしたという事実は、ひとつのことを確実に教える。私は異常。私は異常に偏頗な凝り方をしてしまっているのだ。妙な方向へ妙な枝が伸びてしまっている。こんな「何かやる」とかいう記事ももう更新を止めるべきだ。

とはいえ

とはいえ、このブログやツイッター、あるいは1月28日のイベントで、UNHCRをはじめとする団体への募金を私が再三呼びかけたのに対し、行動をもって応えてくれた人たちがいる。その人たちに、その募金には意味がなかったなどと言えるわけがない。実際、そんなはずがないのだ。私も自分がした募金について後悔はしていない。し、今後も気が向けば募金をする。そのときに、ウクライナ避難民に「あなたたちは募金することを私に望みますか?」とかわざわざ聞かない。聞く必要がない。

「何をやった」と言えるか

11月23日にこの記事「何かやる」を立ち上げて、2か月あまり。この間何をやったか。何をやろうとしてできなく、あるいは、できたか。

そもそもの出発は「オデッサにホッカイロ送ったら喜ぶんじゃないか」と思いついたことだ。向こうの人は携帯用カイロなるものの存在をほぼ知らないことを知ってるので、ホッカイロそも何ものということの説明も含めて、オデッサ市にメールを送った(11/25)。これには結局返事をもらえなかった。

そこから2つ分岐した。まず、自分の義父母にホッカイロ150個送った。で、やはり個人がボランティア団体など介さずにモノを送ることは歓迎されないのかもしれないと思って、活動を「お金を集めて・送る」ことに集中することにした。隗より始めよということで、自らUNHCRに1万円募金するところから始めた(11/25、29)

なお、11月29日に発送した荷物は、12月26日に義父母の手元に届いた。

で、お金を集めるために、自分が持ってるものを売ろうと考えた。自分の持ち物の中で売れそうなものは、オデッサについて滞在2年半で実見したところを語るということである。ただ、それだけだと弱いかと思い、自分の乏しい人脈も使うことにした。私は一応この世界では名門とされる早稲田の露文というところを出ていて、それも7年の長きにわたり在籍したので、一部の先生からは覚えがめでたい。「オデッサ体験談×露文人脈」、これで人を集めて金を集める。こう方針を立てて、各所と調整に入った。以下、「チャリティ講演会」計画と称ぶ。調整には時間がかかった。関わる人が多ければ多いだけ、返事待ちだの何だので時間がかかる。私の進め方の稚拙さとか、結局は熱量の不足とか、そういうことが災いした。

待ってる間に思いついたのが、市報での募金呼びかけということであった。私の住んでる東京西部の某市には所謂ウクライナ避難民がまとまった数住んでおり、ウクライナ関連のイベントも定期的に行われていて、行政・市民社会の間で問題への関心が(相対的に)高い。国際協力課に私の顔も通じている。市役所に「ウクライナ避難民支援のための募金箱」が漫然と設置されていることは知ってるが、今ウクライナ戦争について何かの目的でお金を集めるとすれば、ロシア軍の陋劣なインフラ攻撃で電気さらには暖房・水道を奪わる危機に瀕しているウクライナ国内のウクライナ人のための越冬支援ではないですか。で、そのために、20万市民を読者にもつ市報に、募金の訴えを掲載するのは相当に効果的であり、それが市内の数十名のウクライナ避難民の心にも叶うと思うのですが、どうですか。みたいな打診を市役所に行って(12/2)、で断られた(12/5)

記事には取り上げなかったが、もうひとつ、やろうとして、やりかかって、結局実現しなかったことがあった。義父の粘土アートには一定のファンがついている。ツイッターで「義父の粘土アート」とか検索すれば過去の実作例が見られます。その粘土アートたちを動員した人形劇動画を義父母は定期的に作っていて、そのクオリティはほぼイッセー尾形の人形劇に匹敵している。現在までに19エピソードが撮られていて、うちの新年祭編がことに素晴らしかったので、これに日本語字幕をつけて正月休みの数日間限定で一般公開して、それで募金を集めようかと思った(売れるものは何でも売る)。だが、もともとこの動画たちは義父母が愛する孫(ぽっちゃん)を喜ばせるためだけに作っているもので、これを一般公開することにはついに妻の同意を得られなかった。

「チャリティ講演会」の話は、曲折を経て、ひとまず早大露文定期講演会への追加講演という形で部分的に実現することになった。70人が聴講した。何丘経由で聴きに来てくれた人もいる。それで「募金しました」というお声もいただいた。感謝します。(1/28)

「チャリティ講演会」のより完全な(当初思い描いていた形での)実現を目指す一方で、こんな数十人とか集めて少額ずつ募るのでなく、ケタ3つないし4つ違う人間にリーチし、大きな金額を産み出すために、在日ウクライナ人4000人の声を糾合して日本社会に訴えをなすことを思いつき、その発火点となることを志した。まずは市内の二十数名の隣人たちから賛同をとりつけ、二十数名の賛同がすでに取り付けられているという状態で企画を在日ウ人コミュニティに持ち込む。逆に、私を直接に知っているこの二十数名から賛同を取り付けられないようじゃ、この話には未来がない。そう覚悟して、かなり気合を入れて文章作って、皆さまに回付したところ、賛同ゼロであった(2/8)

なお、これも当記事では伝えていなかったが、「チャリティ講演会のより完全な形での実現」のために、UNHCRとの本格的なタイアップを考えて、UNHCRの駐日事務所に打診したところ、同事務所としては「特に役に立てることはなさそう」だが「ご寄付に関する事業を担当しているNPO法人の『国連UNHCR協会』に共有させていただきましたところ、情報のご案内が可能とのことでしたので、協会より別途ご連絡を差し上げます」との返事がかえった(1/30)。その連絡とやらを待っているうち、トルコ・シリアの震災が起きた。こうなるとUNHCRとしても(赤十字やユニセフとしても)そちらにリソースを優先配分しないわけにはいかない。そして、この状況で外ならぬウクライナ越冬支援のために各種国際人道支援機関に募金をと訴えても、言う方も違和感、聞く方も困惑……であろうと思われた。

というわけで、越冬支援のための一連の何丘キャンペーンは、ひとまずここで終わる。

やり残したこと

チャリティ講演会の完全な形での実施。「やり残したこと」といってまず思い浮かぶのはこれである。I先生と何かする、Hさんと何かする、その話が「私のモチベーション低下」を理由に宙空途絶してしまうと、特にI先生に申し訳ない感じがする。

もはやチャリティということではなく、単なる講演会という形で、早大の入試ロックアウトが明けたころに、I先生と何かやることはあるかもしれない。まぁ、やるべきなんだろうとは思う。

いまジョニーへのタウン誌の取材の話があって、侵攻1年という節目に合わせての記事だということだから「戦争のこととか何か聞かれるかもしれないよ、そういうのしゃべるの嫌ではない?」と聞いたら、「むしろ日本人がウクライナのこと気にかけてくれてることがうれしい」との答えがかえった。

ウクライナのこと? 気にかけていますよ。一日だって忘れてませんよ。忘れるものか。考えないでなどいられるものか。

私のブログ上での発信(戦争記事の日々の更新とか)には、少なくともウクライナの問題が終わっていないということを人々に思い出させ続ける、という意味はある。そして、たぶん、その程度のことに、芥子粒も同然の個人は、満足しておくべきなのだ。大それたことはできない。

「チャリティ講演会」からチャリティの語をとったものを現実に行うとしたら、その講演会は、たぶんその目的を追求するものとなるだろう。単純に風化させない、後景に退かせない、人々の記憶を新たにする。そのために語り続ける。

(本記事「何かやる」の更新はここで終わります)

おまけ:語集

やるべきならば、できなくても、やるべきだ。――11月23日

なぁにがワールドカップだバカ。――11月30日

すべては記録されている。プーチンが何を言ったロシア軍が何をした、ゼレンスキーが何を言ったウクライナ軍が何をした、だけでない。そのとき一人の人間(たとえば私)が全てを知りながらいかに何もしなかったかということも。――12月10日

私は文章がうまいねということだけは人生で1万回くらい言われている。私の文章はときに人にうまいなと思わせるようなものであるらしい。であればその文才とやらを使え。人の心を動かすような訴えをしろ。それによってお金を生み出せ。つまり、募金の呼びかけだ。――12月13日

一緒に「元気玉」作ってみませんか。――12月24日

人を巻き込もうとすると時間がかかる。というのは言い訳だろう。私が熱量を見せないからだ。私の巻き込む力が弱いからだ。――12月31日

「遅れはneverの対義語」じゃ。――12月31日

私は文章がうまいということだけは人生で一万回くらい言われた。その文章の力を売る。その文章の力で売る。端的にたとえばUNHCRへの募金を呼び掛ける、その際に言葉の力を限界まで使って(「無限刃の全発火能力を解放」)、態度変容と行動を促す。――1月6日

なんの意味が……すません、あるんだろうって、思っちゃいました。――1月19日

ひとつのことをやった。――2月5日

そのために語り続ける。――2月11日

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